死神と逃げる月
□全編
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《解熱剤と睡眠薬》
風邪をこじらせてしまった。
不調に気付いてから1週間、ここへ来ての発熱だ。
すぐに治るだろうと高を括って、暢気に出歩いていたのが良くなかったのかもしれない。
「いらっしゃいませー」
とは言え、病院に行くほどでもないだろうと、オレは近所のドラッグストアを訪れた。
とりあえず熱さえ下がればそれでいいや。
相も変わらず暢気に構えている。
「…あ、あの……」
品出し中の店員を見つけて、解熱剤の置き場を訊こうとしたんだけど
「ちょっと、そこの店員さん」
オレより一瞬早く、別の女性が声をかけてしまった。
「よく眠れる薬が欲しいんですけど」
仕方がないので、女性の用事が済むのを待とう。
それにしても、いよいよ入試の時期が迫って来たというのに風邪をひくなんて。
昔から大事な時に限ってこうなのだ。
持ち前の間の悪さで、数々のチャンスを逃してきた気がする。
「じゃあ、これ買うわ」
眼鏡をかけたその女性は、目当ての薬が見つかると店員に礼も言わずレジへと向かう。
すかさずオレは、店員の背中に呼びかけた。
「熱…下げる薬……ありますか…」
喋ると咳き込みそうになるので、切れ切れに言葉を発する。
「いらっしゃいませー」
マスク越しのこもった声に店員は気付かず、向こうの方へ歩いていってしまった。
まあいいや。
オレはオレらしく、暢気に店内を探して回ろう。
人生、先は長いのだ。
焦る必要は何もない。