天への贈り物

□月を待つ
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「銀さん、あまり飲み過ぎると身体に響きますよ?」


お妙は縁側で月を眺める銀時にそっと話しかけた。彼の傍らにはもう酒は入っていないであろう徳利が何本かある。銀時は首だけ動かしてチラとこちらを見ると、またすぐ視線を月に戻した。

いつもはうるさいぐらいなのに、こんな時はいつも、不気味なほど静かだ。

妙は肩をすくめて、銀時の左隣に腰掛けた。


「綺麗な月ですね。」

「…ああ。」


彼は何か、考え事でもしていたのだろうか。妙が彼を凝視しても、彼は気付くことなく、月を見上げていた。首元や腕には、羽織が隠しきれなかった包帯がチラチラと見える。それを見てぎゅっと胸がしめつけられるのを、妙はぐっと堪えた。


「…お前ってさ、」


ふと、銀時が口を開いた。


「なんですか?」

「文句言わねーのな。」


何を言っているのか分からず、妙ははい?と聞き返した。


「俺が怪我しても、血だらけで急におしかけてきても。」


ああ、そういうことか。妙は納得した。普通ならたとえ知り合いでも、血だらけで駆け込まれて文句を言わないはずがない。でも妙は、驚いたり心配はするものの、今まで一切、文句を言ったことは無かった。


「文句、言ってほしいんですか?」

「…別にそーゆー意味で言ったんじゃねーよ。だいたい、俺はSだっつの。」


少しムッとして答える銀時に、妙はクスクスと笑いを零して、分かっていますよと言った。

そんな意味で言ったんじゃないことは、ちゃんと分かっている。彼が何を言いたいのかも。


「我慢してる、なんて思ってたら大間違いですからね。」


妙がそう言うと、銀時はやっと月から妙へ視線を動かした。その目を見て、妙はやっぱりと内心ため息をついた。
銀時の目に映るのは、迷い、戸惑い、恐怖。大方そのような感情だった。それも、気を付けて見ても分かるか分からないかの。

彼は、他人の優しさを怖れる節がある。それに気付いたのはいつ頃だったか。両親が早くに死んだとはいえ、戦争に関わることもなく比較的普通に生きていた自分には当たり前である優しさも、彼はそうされることに慣れていないような仕草を見せることがあるのだ。


「私は我慢なんてしていませんから。銀さんが魂を護ろうと闘って、生きて帰ってきた。それ以外に何かいりますか?」


正直、いつか本当に死んでしまうのではないかと、泣きたくなるときもある。でも、文句を言いたくなったことは今まで一度もない。これからだって、きっと。


「文句なんて、何も無いですよ。」


畳が汚れようが、血の匂いが漂おうが、それでも彼は生きて帰ってきたのだ。


「私は、銀さん達が生きて帰ってきてくれるだけで、十分ですから。」


銀時の目に少し安堵が混じる。


「ああでも、普段の銀さんに対しては逆に文句しか出てこないわね。仕事もせずにぐーたらぐーたら…、新ちゃんの給料も払ってくれないし、ちゃらんぽらんだし…」

「酷い言い草だな、オイ。」

「だって本当のことでしょう?」

「…お前は笑顔で人のガラスハート抉るんじゃねーよ。」


少しだけいつものやりとりが戻ってくる。妙はそれに安心感を覚えた。やっぱり私たちはこうでないと。


「……なぁ、妙。」

「はい。」

「待つのは…辛いか?」

「…はい。」

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