Story
□人魚の泪
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兄が半年前に海で行方不明になった。
サーフィンをしに嵐の中を沖に出て、そのまま。
誰もが亡くなったかと諦めかけた翌朝、兄が浜辺に打ち上げられた。
予想に反して死体ではなく、息をしていて怪我もない。
一体どうやって助かったのか分からないまま。
人魚に助けられたと一言残し、兄はそれから数日間眠りにつくと、起きたときには何も覚えていなかった。
人魚なんて、童話の中だけの生き物でしかない。
一体兄は何を見て、ナニモノに命を助けられたのか?今となっては分からない。
兄の誠が海で死にかけてから半年後だった。
1人の少女が浜辺に打ち上げられたのは。
病院に運ばれた少女は目覚めたけれど何も記憶がなく、名前すら覚えていない状態だった。
近くで船が遭難した話もなければ、捜索願が出された形跡もなく、その少女はルイと名付けられた。
身寄りもない彼女をどうするか小さな町の大人たちの間で話し合いがあり、彼女を助けた兄の居る我が家に彼女はやって来た。
酷く足腰が弱く、長時間歩くことも出来ず、声が出ないのか話すことも出来ないルイ。
記憶もなくて、自分が何者かも分からないルイ。
僕から見ると不幸な境遇なはずなのに、彼女はいつも幸せそうに微笑んでいる。
「どうして何も覚えてないのにルイは幸せそうなの?」
そう尋ねた僕に彼女は笑って紙に書いた。
『記憶がないから幸せなのかもしれないわよ』
「どういう意味?」
『真二は昔を思い出して、今幸せだと感じてるの?』
「どういう意味?」
ルイの言っている意味が難しくて尋ねると、ルイはペンのキャップを閉めて自分の頭を左手の人差し指で指した。
「頭?」
ルイが頭を左右に軽く振って口を開く。
―― か・こ ―――
「過去?」
コクリとルイが頷きふわっと笑う。
―― い・ら・な・い ――
過去を要らないと言って幸せそうに笑ったルイの視線の先には兄の姿があった。
薄々気付いてはいたけど、ルイが兄を好きだと確信したのはこの時だった。
2016.04.06