長編1
□第四章:王子の修行
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「いい? 魔法に一番大切なのはインスピレーションよ」
「知ってる。想像力だよね?」
ウィルがあっさりと答えたのが意外だったのだろう。バーバラは、あらという顔をした。
「僕だってそれくらい知ってるよ」
「ふーん。じゃあやってみて」
「どうやって?」
「どうやっても何もないでしょう。ただ想像するだけよ。知ってるなら簡単じゃない」
バーバラの話は正論だが、彼にしてみれば物足りなく、親切さに欠けているとすら思えるのだった。
しかし考えていても仕方が無いので、やむなく言われたとおりにしてみるものの、頭に浮かぶのは父レイドック王ばかりであった。
魔法の基礎について書かれている本によると、このような場合には、おとぎ話のような世界を想像するように――との指示がある。
しかし、とてもそれどころではなく、やりきれない気持ちがふくらむ一方だった。
「……だめだ。うまくいかない」
「まだ十五分もたってないじゃない。音を上げるには早すぎると思うけど」
「そんな気分じゃないんだよ。しょうがないだろう」
「なに言ってんのよ!!」
投げやりな態度のウィルに対し、とうとうバーバラは怒りだした。
「教えてくれって言ったのはウィルだよ! それなのにそんなこと言うなんて……。遊び半分だったら、魔法を使う資格なんかないわ! いますぐやめなさいよ!」
本気で怒るバーバラを見て、ウィルは呆気に取られてしまった。
彼女は続けた。
「あのね、魔法って、自分の精神エネルギーを極限まで高めて、そして一気に放出するの。どんなに簡単な魔法だって、考え方は同じ。なのに適当な気持ちで向かい合ったら、高められたエネルギーに身体がついていかなくなって、しまいには自滅しちゃうのよ! それでもいいっていうの?」
知り合って間もない自分のことを真剣に考えてくれるバーバラの気持ちは、ウィルの心を痛いほどに直撃した。
だが、バーバラの本音はそうではなかった。
彼女も以前、不真面目にやっていた時、同じようにして母親に叱られた経験があったのだ。
しかし、ウィルがそれを知っているわけもなく、ただその気持ちに心を打たれ、いかに魔法の世界を甘く見ていたかと痛感していた。
「わかった。僕が悪かったよバーバラ。ちゃんと真面目にやるよ」
クスッと、バーバラは笑った。
「あたしも少し言い過ぎた。ごめんね。昔母さんに言われたこと、そのまま繰り返しちゃった。でもね、いつまでも落ち込んでるのって良くないと思うな」
その類の言葉を言った覚えがないウィルは、バーバラのカンの良さに少し感心した。
それを口にしても彼女は答えず、話を本題に戻した。
「いーい? 悲しくったって想像は出来るんだから、あきらめちゃダメよ」
「そうかなあ」
「そうよ。つまり、今日は悲しさを自分なりに表現してみるの。そして、明日は楽しいことを……ってね。その時の気持ちを表せばいいの。わかった?」
「バーバラもそうやって練習してきたのか?」
バーバラが、以前に見せた優しい情愛のこもった目をしたので、ウィルはとまどってしまった。普段の彼女からは想像出来ない様子があった。
最初の時は気づかなかったが、バーバラはかなりの美少女だった。女性といえば、城で働くメイドぐらいしか縁のないウィルにも、よくわかった。
「……うん。あたし、ずっと母さんと二人で暮らしてきたから、父さんがいる他の子がうらやましかったんだ。それである日母さんに問い詰めたら、すごく悲しそうな顔をしてた」
「当たり前だよ」
「だけどまだ小さかったから、わからなかったんだもの。でも、そんな母さん見たの初めてだったから、何も聞けなかった。あたしまで悲しくなって、その日の修行は泣きながらやったっけ。そしたら、今までで一番すごい威力だったんだよ。不思議だよね」
「そうだね……」
「二年前にね、母さんが死んでからも、あたしは最後に教わった魔法を一人で完成させなきゃいけなくて……朝が来るのが嫌で嫌でたまらなかったの」
「どうして?」
「だって、練習しなくちゃいけないもの。本当はあの日も、どうしようかなあって思いながら、嫌々ここに来たんだよ」
「え? 本当に?」
「本当。そしたらウィルが練習してて……。思わず笑っちゃったけど、一生懸命頑張ってる姿を見て、あたしも頑張ろうって思ったんだ」
彼女はいたずらっ子のように、ニカッと白い歯を見せて笑った。
本心を聞かされたウィルの心には、変化が生じていた。何しろあの日、彼女は練習をしている姿を見て、笑い転げていたのだ。
彼にしてみれば不愉快極まりなく、魔法と言うつながりがなければ再会の約束などしなかっただろう。
しかし、今はもちろん思ってもいなかった。
バーバラが自分より暗い過去を抱えていると知ったウィルは、あれこれ悩んでうじうじしているのが嫌になってしまった。
そして、辛いことがあっても明るく振る舞おうとするその態度に感心していた。彼女を見ていると、何だか元気が出てくるのだった。
それは態度とかではなく、王子という位にこだわらず、おおっぴらに接してくれる心意気が一番の原因だったのだが、彼にはわからなかった。
「よーし。僕も頑張るぞ!」
「その意気! その意気!」