長編1
□第三章:王子と少女
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「もう! どうして出来ないんだよ! もしかして才能無いのかなあ……? ……え!?」
突然、後ろの茂みから笑い声が聞こえてきたのだ。
「ああーっ、もうダメ! おっかしーいっ!」
声がする方を見ると、長い髪を後ろで一つに束ねた少女が、お腹を抱えて笑い転げていた。
「何だよ! そんなに笑わなくたっていいじゃないか!」
ウィルがムッとしながら言うと、少女はようやく笑いを抑えて、ほこりを払いながら立ち上がった。
背は低かったが、全体のバランスは取れていた。
「だってさー、さっきからずっと見てたんだけど、すっごくおかしいんだもん。仕方がないじゃない」
「な……! さっきからって、隠れて見てるなんてずるい!」
「いいじゃん別に。あたしも魔法の練習をしようと思って来たんだから。ここ、最近見つけたんだけど、結構広い草原だし、出てくる魔物はちっとも強くないし、なかなかの穴場じゃない? それなのにキミがいるから、何やってんのかなーと思って見てただけよ。そしたら、クックックッ……」
「……魔法の練習って、きみ、ひょっとして魔法使い?」
少女は呆れるほどに素晴らしく饒舌だった。
ウィルは不快な視線を少女に投げかけながら聞いた。
「そんなの聞くまでもないでしょう。見てわからない?」
短いスカートをはき、腰に鞭を下げた少女の出で立ちは、ウィルが思い描いていた魔法使いのイメージとは明らかに異なっていた。
鞭の所持と言う点を除けば、どこにでもいる普通の娘と同じスタイルだ。
よって、彼はがっかりしてしまい、何だよ、魔法使いっていうよりただのお転婆じゃないか――と思ったが言わなかった。
「何よ、さっきからジロジロと見たりして。あたしってそんなに魅力的?」
「……あのなあ」
「ねえ。それよりさ、あたしも魔法の練習がしたいんだ。危ないからどっかに行っててくれない?」
「僕はまだ終わったわけじゃないんだぞ!」
少女のわがままな発言には、さすがのウィルも声を大にしていた。
「ムダだと思うけどなあ。大体、基礎がなってないのよね。才能以前の問題よ。学校で教わらなかった?」
「学校なんか行ったことないよ……」
ウィルはぽつりとつぶやいた。
王子である彼は、専用の家庭教師が面倒をみてくれていたのだ。
そのせいで友達と呼べる者もおらず、城下町に住む同じ年頃の子供達が、毎朝揃って楽しそうに通学している様子を、部屋の窓から羨ましく見ていたものだった。
何度か、臣下の子息達と遊んだ経験はあったが、表面上のもの。友達と呼ぶにはほど遠い存在だった。
彼らは、あくまでも王子殿下として接していた。立場を考えれば仕方がない。
それでも本人にしてみれば、何度も孤独感を味わい、その心は十分に傷つけられたものだった。
こういう経験が重なるにつれ、次第にウィルは、同い年くらいの子供に対して、無意識の拒絶反応を示すようになった。症状は重くなかったので周りが気にも止めていなかったのが、彼にとって不幸だった。
妹のセーラが生まれてからは完全に隔離されてしまい、気軽に話せるのはずっと年上か年下かに限定された。
だから今、こうして少女と向き合っている事実が、彼にとっては不思議なのだった。
いつものように落ち着かない気分にもならないし、話題もぽんぽんと口をついて出てくる。しかも、少女に対して怒ってみたり――。
今までとは違う自分がそこにいるのだ。
「ふーん……そうなんだ。じゃあ、あたしと同じだね」
少女の意外な発言に、ウィルは目を見張った。
あまりにもあっさりと言われたので、どこぞの国の王女ではないかとすら思ってしまった。
しかし、その格好や言動はあまりにも不釣り合いなのだが――。
「じゃあ、きみは誰に魔法を習ったの?」
「母さんよ」
動揺を必死に抑えながら聞くウィルに対して、少女は優しい情愛のこもった目をして答えた。
「あたし、母さんと二人で暮らしてたんだ。なかなか腕のたつ魔法使いだったからね。基礎から全てをみっちりと教わったのよ。二年前に死んじゃったけど……」
「ごめん……」
ウィルは、母親という唯一の肉親を失った少女の境遇について考えた。
その立場になってみれば、半年前、セーラを失った悲しみから、グランとフランコに八つ当たりをした自分など、本当に小さいものであった。
「やだなあ、何もキミが謝る必要ないでしょう。こんな話するつもりじゃなかったんだけどなあ……。ねえ、どっかで会ったりしたっけ?」
「無いと思うけど……でも変だな。言われてみれば、確かにどこかで会ったような気がする」
二人は初めて会ったにも関わらず、以前から知り合いだったような、不思議な感覚を覚えていた。