長編1

第八章:王子の戦い
2ページ/6ページ

 ムドーの島で唯一、ぽっかりと口を開けた洞窟の内部。
 そこは、覚悟を決めていたウィルや、世界を渡り歩いてきたホーキンスにとって、決して快適な環境とは言えない場所だった。
 埋め尽くすのは、どこかの温泉を思わせるほどの熱湯地獄。
 蒸し暑い状況下で一行は、魔物の大群に苦戦を強いられていた。


 侵入後、幾度も戦ったおかげで、コツはつかんでいる。

 それなのに、魔物は彼らを恐怖と思わないのだろうか。あるいは、感情など持っていないということなのか。
 倒しても次々とやって来るのだ。
 新手が控えている魔物達と違い、戦い続けるウィル達は、確実に体力を減らしていた。そして、彼らはじわじわと、熱湯の大海の方へと追い詰められていった。
 どうやら魔物達は、人間を熱湯地獄に陥れるつもりのようだ。
 一見すると行き当たりばったりに戦っている魔物達ではあるが、それなりのチームワークというものがあるらしい。


 「チッ! きりがねえな……」

 戦いの合間にホーキンスは呟くと、ふと後ろを見た。
 すると、大海の彼方に下り階段があるのを発見した。魔物はまだ気づいていないらしい。
 熱湯は歩けない温度ではないが、かなりの距離があるので無事ではすまされないだろう。
 しかし、このまま魔物に挟まれて八方塞になるよりは、ずっと良いはずだ。

 「おいウィル!!」

 彼は別の場所で戦うウィルに向かって叫んだ。声に反応したウィルがホーキンスの方を見ると、彼は自分の後方を指差した。

 「いいか? こっちに階段がある。ここは俺に任せて、お前達は先を急げ!」

 思いもよらない発言に、ウィルは戦いにけりをつけると、慌ててホーキンスの元へとやって来た。

 「何言ってるんだよ! そんなこと出来るわけないじゃないか」
 「聞け! このままここで戦っていても、体力も魔力も無駄になっちまうぞ。俺が何とかしてやるからその間に行け!」

 ホーキンスはウィルの胸倉を掴みながら、これまでにないほど真剣な表情で言ったが、ウィルは彼の腕を無理やり振りほどいた。

 「だけどそうしたらホーキンスはどうなるのさ? そもそもどうやるって言うんだよ!?」
 「お前はムドーの元に行くことだけ考えてりゃあいいんだ。つべこべぬかすヒマがあったら早くしねえか! ……おい野郎ども! 行くぞ!!」
 「わ、わかりやしたあ!!」

 その様子を見た魔物の一匹が、ケタケタと笑いながら近づいて来た。

 「何をゴチャゴチャ言ってるんだ? お前らを逃がしてやるほど甘くはないぞ」
 「おっと、お前の相手はこの俺様だ。どうせそいつじゃ相手にもならんだろうが。それとも俺とじゃびびっちまって戦えねえってのか?」
 「クーッ! 言わしておけばいい気になりやがって! 後悔するなよなあ?」

 それからというもの、ホーキンス達の戦いぶりは今までの疲れを忘れてしまったかのようだった。
 急に張り切ったように戦う彼らの様子を見たハッサン達が、驚いてウィルの元へとやって来たので、彼はホーキンスの意向を皆に伝えた。

 「あの野郎……勝手にそんなこと決めるな!」

 必死に戦うホーキンスを、ハッサンは険しい目つきで見ながら吐くように言った。

 「でも、確かに彼の言う通りだわ。ここで戦っていても、形勢が有利になるとは思えないし、それどころか全滅する恐れがあるもの」
 「だからって、このままにしろって言うのか!? 僕には出来ない!!」
 「ウィル!」

 ミレーユは必死になって叫んだ。彼女にしては大変珍しいことであった。

 「私達の為にしてくれたのよ。……いいえ、私達だけじゃなくて世界の平和の為だわ。それなのに留まれば、気持ちを無駄にしてしまう。さあ、早く行きましょう!」

 ウィルにと言うよりもその場の全員――自分も含めて――であったのだろう。
 そんな口調でミレーユは言った。

 彼女に引っ張られるようにして、皆は熱湯の海を乗り越えて階段へと向かった。
 最後まで残ると言い張るウィルは、ハッサンが無理やり引っ張っていった。
 その彼らの背後から、ホーキンスの声が聞こえてきた。

 「約束、絶対に忘れるんじゃねえぞ! 待ってるからな!」

次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ