長編1

第五章:王子の変化
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 翌日。

 いつもより足取り軽いウィルが少し早めに北の草原に向かうと、バーバラは既に来ており、以前見た不思議な魔法の練習をしているところだった。
 しかし、今回は一人ではなくて、二つか三つくらい年上と思われる少年と一緒だった。

 途端ウィルは、なぜか急に来なければ良かったなどと考えた。
 それでも帰らずに、とりあえず茂みに身を隠したが、バーバラと少年は全く気づかず、特訓に夢中になっていた。

 「へえー、すごいじゃないかバーバラ! 前より威力が増してるな!」
 「まだまだよ。こんなんじゃ、多分ダメだと思う。もっと頑張らなきゃ!」
 「えっ!? これで駄目なのか?」
 「うん、全然……。ねえ。あたしって本当は、才能無いんじゃないかって思うんだけど……どう思う?」
 「おいおい! 何言ってんだよ。バーバラに才能が無いなら、俺はどうなるんだ!? 親父に教わっても、ちっとも出来るようにならないんだぜ」
 「ほんと、不思議だよね。けど、向き不向きもあるからね」
 「そりゃわかってるけどさあ。……ところで、随分遅いじゃないか、例の奴。ひょっとしてすっぽかされたとか」

 少年は、自分の才能がないことのはけ口にウィルを選んだ。

 「そんな言い方やめて。そんな人じゃないんだからね。もうすぐ来るはずなんだから……あ……あれ!? ウィルってば、そんな所で何してるの?」

 存在にようやく気づいたバーバラは、呆れた声を出した。まるで、隠れてこそこそと伺っていたかのように写ったからだ。
 ――実際にそうだったのだけれど。

 「……べ、別に何でもないよ。忙しそうだったから、声をかけられなかっただけさ!」

 疲れて愚痴をこぼすバーバラを、少年は何とかして慰めようと努力していた。
 そんな二人の様子を見れば、ただの仲ではないと、縁の遠かったウィルにもすぐにわかった。
 
 従って、彼は次第にイライラしてきて、いつの間にか言葉がぶっきらぼうになってしまった。
 そういう珍しい態度をバーバラは不思議に思ったが、少年は面白がっていた。

 「お前か、バーバラが言ってた奴って。……ふーん。いい奴だって聞いてたけどさ、そうでもなさそうじゃん。何だか頭悪そうだし」

 ずばずばと物を言う少年の態度には、さすがのウィルも癪にさわり、文句の一つでも言ってやろうとした。――それは非常に珍しかった。
 しかし、二人の間に流れる気まずい空気を感じたバーバラが、間を取り持った。

 「あ、あのねえウィル。彼はあたしの幼なじみでカイルって言うの。カイル。この人はウィルで、レイドックの王子様なんだよ。変なこと言わないで!」
 
 するとカイルは意外な顔つきで、ウィルをジロジロと見た。

 「え!? お前、王子様なわけ? 何だかそうは見えないなあ。それにしても、バーバラも大変だよな。こんな奴の相手になってるなんてご苦労なこった。俺だったら絶対にゴメンだね! 大体そんな暇ないだろ? 一日も早く完成させなきゃならないってのにさ!」
 「カイルには関係ないでしょう! ウィルは困ってたし、あたしも色々とあったりして。その時に会ったから教えてあげてるだけじゃない」
 「本当にそれだけかよ!?」
 「当たり前でしょ!! 何言ってんの!? 全く、ホントうるさいんだから。帰ってくるなり、今日はあれしたこれしたって、根掘り葉掘り聞くために毎日毎日やって来てさ。ほっといて欲しいんだからね!」

 やたらと勘繰るカイルの言葉に対し、バーバラは怒鳴りつけずにはいられなかった。大事な幼なじみに、どうしてここまで言われなきゃならないのだろうかと疑問に思いながら。
 明らかに普段とは違う態度が続いているのだ。

 一方、言い争う二人を見ているウィルは、胸の中に憤る気持ちのやり場に困り果てていた。
 そして、気がつけばさらにひどいことを言っていた。

 「バーバラがとやかく言う必要はないんじゃない? 僕が王子らしくないってのは事実なんだし、その人の言うとおりだよ」

 バーバラとカイルは、突然わけのわからない事を言いだしたウィルの態度を見て、呆気に取られた。
 しかし、すぐに気を取り直したカイルは、けらけらと笑いだした。

 「何いらついてんだ? ほんと、変な奴だなぁ」
 「別にいらついてなんか」
 「…………はっはーん、わかったぞ! お前、バーバラが好きなんだろう? だから、俺達を見てやきもちやいてんだ」
 「やきもち? 何それ?」

 恋愛経験ゼロのウィルに、自分の気持ちの正体などわかるはずもなかった。王家という隔離された世界で育っている以上、仕方がない。
 その上、幼い頃に受けた心の傷が元で、年が近い人間と親しく話すのはこの二人が初めてと言ってもいいくらいなのだから。

 しかし、ごく普通の一般家庭に育つカイルが、王家の様子を知るはずもない。彼らに接するのはこれが初めての経験なのだ。
 よって、カイルは唖然としたものの、大笑いすると再びからかい始めた。

 「おい、聞いたか? バ−バラ。こいつ、そんな事も知らないんだってさ。王子様が聞いてあきれるぜ、全く」
 「仕方がないでしょう、王子様こそなんだから。ウィルは学校に行った事がなかったのよ。そもそも、あたしを好きだなんて発想、どっから出てくるの? 変なこと言うのやめてよね」

 この時ウィルは、カイルの言った言葉の意味を考えていた。よって、これについては肯定も否定もしなかった。
 その為にバ−バラは妙な顔つきになったが、カイルはおかまいなしに続けた。

 「ふん。そもそもお前がバ−バラを好きになること自体、間違ってるんだよ! 少しは自分の立場をわきまえろよな!」
 「僕の立場?」

 王子という立場のどこに不服があるのかとは考えたが、カイルは勝ち誇ったような笑みを浮かべると、驚くべきことを言った。

 「何だ、知らなかったのかよ? じゃあ教えてやる! いいか? バ−バラほどの大魔女が、お前なんかを本気で相手にすると思ってんのかって言ってるんだ! そもそもこいつはあの……」
 「やめてカイル!」

 青白い顔をしたバ−バラが怒鳴りつけた。もしここで制しなかったら、彼は調子に乗って、余計な事まで言い続けてしまったのかもしれない。
 それを考えた時、彼女は少し身震いをしていた。何がカイルをそこまで駆り立てたのだろうか。

 「あんたがそこまで言う資格なんかないでしょ! お願いだからもう帰って!」

 カイルは呆れた様子で皮肉な笑みを浮かべると、ル−ラの役割をするキメラの翼で帰って行った。

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