長編1
□第二章:王子の決意
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王女セーラはおままごとが大好きで、ウィルはしょっちゅう付き合わされたが、文句を一つも言わないで相手になった。
最近では探検ごっこと称して、城中を隅から隅まで歩き、新たな発見を楽しみにしていた。
それが、ほんの些細な出来事であろうとも……。
しかし、やがてセーラが病を患ったので、いつの間にか中断された。
「治ったらまたやろうね」が口癖だったが、永久に果たされなくなってしまった。
思い出の場所に来る度に、次から次へと蘇る懐かしい過去……。
ウィルは涙が溢れてくるのを、止められなかった。
「ここにおられたのですね」
急な声に驚いたウィルが慌てて涙をふいて振り向くと、グラン爺と兵士フランコがいつの間にか側に来ていたので、彼はため息をついた。
どこにいても、必ず誰かに見つけられてしまう。王族という特殊な環境下である以上、仕方がない。
しかし、息苦しく感じているのも事実だった。
「……何か用?」
「ウィル様のお気持ちは良くわかります。しかし、いつまでもふさぎこんでいらしてはだめですぞ」
「何だよ、お説教なら聞きたくない。頼むから一人にしといてよ」
「ウィル様!!」
グランは、いつになく厳しい口調になっていた。
内心では、いつも優しい王子が、人を邪険に扱う態度を取るほど悲しみに暮れていることを、気の毒に思った。
しかし、セーラが亡くなって以来、必要最小限の会話ですら避けている彼を見ていると、心を鬼にせざるを得なかったのだ。
「よろしいですか。人は誰でも、いずれは死んでしまうのです。遅かれ早かれやって来て、決して避けられない運命なのです。残された我々がいつまでも塞ぎこんでいては、前に進むなど出来ませんぞ!」
「そうかもしれない。……ああ、わかってるよ。だけど、いくらなんでも早すぎるじゃないか。楽しいことややりたいことが、これからたくさん出てくるっていうのに!」
「確かに、セーラ様は早すぎました。しかし、そういう運命だったのならば、我々も受け入れるしかないのです」
珍しく我儘な王子の、妹を思う気持ちを汲み取りつつ、グランは半ば自分に言い聞かせるように話すのだった。
「けど……」
「それに、わしは思うのです。セーラ様は、決して不幸ではなかったと。素晴らしいご両親や、優しいウィル様に囲まれて、むしろ幸せだったのではないかと。……それなのにいつまでも嘆いていては、セーラ様が悲しみますぞ。それに、辛いのはウィル様だけではないのです。わしらとて、兵士達や城下で暮らす全ての者が、懸命に耐えて仕事をしてるんですじゃ」
言われてウィルはハッとした。
確かに、三度の食事はきちんと用意されている。もちろん、いままでと何ら変わりのない内容だ。
それに、城内が散らかったという印象は無い。
普段通りの生活が、自分の周りで行われていたのだ。
グランに諭されたウィルは、周囲の様子に気づくゆとりのなかった自分を恥ずかしく思った。
「ああ、そうだね。じいやの言うとおりだね。いつまでも悲しんでいたらセーラに笑われるかな」
ウィルはようやく笑顔を見せた。
グランもつられるようにして、微笑みを交わす。
「そのとおりですじゃ。……そういえば、確かフランコも、幼い時に両親を亡くしたんじゃったかな」
「はい。しかし、周りにトム兵士長や大勢の仲間の兵士達がおりましたから」
今まで黙って二人の話を聞いていたフランコが、初めて口を開いた。
やや寂しげな彼の口調は、改めてウィルの心を動かした。
両親をいっぺんに失った時の彼の悲しみは、自分の想像を遥かに上回っているだろう。
「殿下にこんなことを申し上げるのは残酷かもしれませんが、今、世界はとても危険な状態にあります。もっともっと強くなって下さい。あなたでしたら、きっとご立派な王におなりになられますよ」
フランコの真剣な眼差しにうなずいて答えたウィルは、グランにたずねた。
「母上の具合はまだ良くならないの?」
「相変わらず寝込まれてるご様子で、お部屋にこもりきりです。陛下はお仕事に戻られたのですが……あっ、シェーラ様!」
いつの間にか、王妃がそばにやって来ていた。
話に夢中になっていた三人は、シェーラの存在に全く気づかなかったのだ。
「母上! いつからそこにいらしたのですか?」
「おほほ……。ウィルが『いくらなんでも早すぎる』と言ったあたりからですよ。三人ともあんまり話に夢中になっているものだから、声をかけそびれてしまったわ」
「シェーラ様。お身体の具合はもうよろしいのですか?」
笑顔で話しかけるシェーラに、グランは心配を隠しきれずにたずねた。
「まだ本調子ではないけど、いつまでも悲しんでいてもセーラが戻って来るものでもないし。何よりもねグラン、あなたの言葉で目が覚める思いがしたわ。これからはあの子のためにも、今まで以上に頑張っていくつもりよ」
「母上……」
「シェーラ様……」
王妃の気丈な態度に、三人は悲嘆に暮れてばかりいる自分達が恥ずかしくなってしまった。
彼女も本当は人目を気にせず、思いっきり泣きたいに違いない。誰かに愚痴の一つや二つ、言いたいはずだ。
しかし、それが容易に出来る立場ではない。人々の前ではいつもと同じ自分を見せねばならない。
こういったことがわかるから、彼らは余計に辛くなるのだった。
「セーラもきっと願っているはずだものね。それでね、考えたのだけれど、私ももっと積極的にムドーについて調べていこうかと」
「えっ!? ムドー?」
意外な言葉にウィルは驚いた。
今までの王妃はどちらかと言うと、ムドーに関わるのは反対の立場だった。
これ以上仕事を増やして、身体の具合でも悪くなったら大変だと、何度となく王に言ってきたのだ。
もちろん、夫を心配するあまりである。
「ええ。あの子が生きている間に平和にしてやれなかったのが、とても残念なのよ。だから、せめて今からでもと思ってね」
「しかし王妃様……」
フランコは心配そうな顔をしたが、王妃は首を振って否定した。
「フランコ。あなたの心配してくれる気持ちはとても嬉しく思うわ。だけど、こればかりは好きにさせてちょうだい」
「そうだよ。せっかく母上がやる気になってくれたんだ。邪魔しちゃ悪いよ」
「ありがとうウィル。あなたには、これまで以上に寂しい思いをさせることになるかもしれないけれど」
気遣う息子の言葉に、シェーラはすまなそうに言った。
「母上、何をおっしゃるんですか。世界中の人々が、一日も早い平和を願っているんです。それくらい何でもありません」
意外にもきっぱりとした口調で言うウィルだったので、途端にシェーラの目から涙が溢れ出た。
「シェーラ様。ウィル様はこの国のことをちゃんとわかっておいでです。長年お仕えしましたこの爺にはわかります。どうかご安心下さいませ」
グランはシェーラの肩を優しくなでた。彼は、王子の立派な成長ぶりに感心していたのだった。