長編1

第一章:王子の誕生
2ページ/3ページ

 レイドック城玉座の間の階下。

 兵士の待機部屋がある間で、レイドック王はそわそわと落ち着かない様子で、行き来を繰り返していた。
 玉座の間の先には王妃とメイド達のいる部屋があった。

 「陛下。少し落ち着いて下さい」

 あまりにもせわしない様子を見かねた兵士のトムが、とうとう口を出してしまった。
 彼は、つい最近採用されたばかりだが、才能と人柄が高く評価されており、王から見ても未来が楽しみな若者だ。

 
 とは言っても、彼はあくまでも新参者。
 それなのにどうしてここにいるのかというと、本当は兵士長が付き添うはずだったが、直前になって王直々に申し付かった用事があった。
 魔王ムドーの件で調査を依頼されたのだ。

 これには兵士長以下の部下が揃って出かけてしまい、城内に残されたのはトムの他に、彼の同期である数名の兵士達。
 その中で最も優秀だったトムが、やむなく代わりを務めることになったのである。


 いくら優秀なトムとは言えども、なりたての新兵が国王に謁見する機会など、そうそう巡ってくるものではない。
 ましてや、将来仕えるであろう子供の誕生シーンに居合わせるなど、非常に難しいはずだ。
 トムは本当にラッキーだったのだろう。


 内心を言えば、彼は王に負けないくらい緊張していた。
 兵士長の代わりに陛下、妃殿下にお子様を守るという重大な任務を背負っているのだから。
 絶えず周りに気を配っているのも確かだ。

 しかし王は、彼の意気込みを消し飛ばしてしまうくらいにウロウロ、そわそわ……。
 トムが、ついつい口に出してしまったのも無理はなかった。

 「はっはっはっ。トム、それは無理というものじゃぞ。子供が生まれる時というものは、誰しも緊張するものじゃ。ましてや初めてのお子様なんじゃからな」
 
 早くも教育係としてやる気満々のグラン爺が、笑顔で言った。

 「まあ、トムはまだ若いからな。そういう気持ちを理解しろと言っても無理なんだろう」

 皮肉とも聞こえるこの言葉には、さすがのトムもムッときたが、笑ってやり過ごした。
 お付きのゲバンに目を付けられているという噂は、彼の耳にも届いている。
 しかし、今日ばかりは事を荒立てるにふさわしい時ではないし、その気もなかった。


 ゲバンは、裕福な家庭に育ったお坊っちゃま。その上、一流エリート。
 一方のトムは、ごく普通の家庭に育ち、商人か兵士かという普通の選択をした普通の人間。

 しかし、溢れんばかりの情熱とバイタリティーは、ゲバンにはなかった。何よりも、人からの信頼度は、若いトムが遥かに上であった。

 よって、一部を除いた人は誰でも、自分の言いなりにならないと気が済まない!
 そんな激しい性格の持ち主であるゲバンにとって、トムは非常に扱いにくい存在だった。
 最初から、目の上のうっとおしいコブだったのだ。

 周囲が気になる以上、普段は表面に出さないのだが、憤りは増すばかり。ここぞとばかりに、皮肉の一つや二つぐらい、言いたくなる。
 こっちは王の付き人。相手は兵士で階級が低くて、しかも若造なのだから。

 なのに!
 せっかく難癖つけてやって、向こうが何かを言ってきたら、それにかこつけてやめさせることだって出来るかもしれないのに!
 トムは、はぁとか言って笑顔を振りまくばかり。
 全く、こいつは何を考えているのかさっばりわからん!
 

 ――こんな具合に、ゲバンは王の子供よりも、目の前のさわやか青年に気を取られてる感じだ。
 それなのに肝心の王はというと、周囲の騒ぎなど耳に入らないのか、ウロウロするばかり。

 「ああ、まだだろうか。もう待ちくたびれたぞ」
 「本当ですな。一体どうしたというんじゃろうか?」

 実はグランも王と同じ気持ちであるに違いない。先程とは反対のことを言っている。

 「出来れば王子様がお生まれになるとよろしいかと。跡継ぎの有無は、王家の安泰につながりますし」
 「ばかもん! 王子だろうと王女だろうとわしのかわいい子だ。五体満足ならばそれで構わん。全く、ゲバンはそればかりだな」
 「大丈夫ですじゃ。陛下とシェーラ様のお子ですぞ。きっと良い子に違いありません」
 「そうですよ。どっちだっていいじゃありませんか」

 フン! 新人風情がいい気になりおって……。
 トムの何気ない一言に対し、ゲバンが注意しようかと思っていたところ――。


 ほぎゃあ、ほぎゃあ……。


 ようやく元気な産声が聞こえてきた。まるで、外の雷雨を吹き飛ばすかのようだ。
 途端、四人の顔が笑顔になる。

 「おお! やりましたね陛下! おめでとうございます!」
 「グランよ! わしは生きていて良かったと思うぞ! こんなにうれしいと思ったことは、今まで無かった!」

 王の声は、心からの歓喜に満ち溢れていた。
 その笑顔を見たグランは、五年前には想像つかなかったほどに様変わりした王を、嬉しく思った。
 
 三人は王に対して、次々に祝福の言葉を投げかけた。
 その時、階段をかけ降りながら侍女がやって来た。王宮の作法を厳しく仕込まれているはずだが、この時ばかりはさすがに気にしてなどいられない様子だった。

 それは、先程から待機していた四人とて同じなのであるが。

 「どっち? どっちだ? 王子か? 王女か?」
 「おめでとうございます陛下! 元気な王子様にあらせられますよ」

 侍女はにっこりしながら言った。

 「王子殿下とは!! 何ともめでたいですなあ!! 早速国民に知らせねば」

 慌ててかけていくゲバンを見て、グランはフーッとため息をもらした。すでに王の姿はどこにも見当たらない。

 「ゲバン殿は相変わらずですな。元気で何よりじゃというのに……」

 そう言うグランも、笑顔ではちきれんばかり。

 「まあまあ、よろしいではありませんか。こんなにも素晴らしい日なのですから」

 トムは内心呆れつつも、暖かい声で言った。彼はこの場にいれたことを、心から感謝していたのだった。

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ