俺とボクの道標
□俺と彼女の急接近
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アークボルト北の宿屋でハッサンと話をしてから、俺は落ち着かなかった。
――バーバラが、俺を……好き?
これまでは勝手に好きで、勝手にドキドキして、勝手にイライラしていたのに、一旦考え始めたら最後、全てがつながってくるような気がしてならない。
しかし、だ。
ハッサンの言葉が正しい保証は無い。むしろ、間違っている可能性の方が高いと思う。
本人も言っていたが、こういう何やらに関しては、鈍いことこの上ないと思うから。
むしろ、ハッサンと結びつけるなんて、困難極まりない。
つい先日の、ジャミラスとの戦いの方が優しいんじゃないかと思えてくる程だ。
そう。このジャミラスってのは、ムドー同様に夢の世界の人々を苦しめていて、カルカドという町の人々が大勢犠牲になっていた。
「幸せの国」という甘い言葉でおびき寄せては、魂を食らっていたんだ。
おかげで、町はひどい有様だった。夢の世界だというのに、バザーで賑わうマルシェとは大違いだ。
目の当たりにした俺達は、魔物が操るひょうたん島に乗ってジャミラスの元に向かい、あっさりと倒してやった。
そのお礼にと、ひょうたん島を譲り受けたので、いまはカルカドの南西に向けて動かしている。
そこで、不思議な階段を見たという人がいたからだ。
ひょうたん島には、宿屋が併設されていた。
操縦を知らない俺達の為に数人が同行してくれていたが、宿屋をきりもりしてくれる主人までいて、とてもありがたかった。
食事の心配だっていらない。
普段は俺、ミレーユ、チャモロで当番しているので、少ない材料でメニューを考えるのが大変なんだ。
おかげで腕は上がったけど。
残りの二人――ハッサンとバーバラにもやらせようと、一回作らせてみたら、とんでもない代物が出来上がったので、それ以降はあきらめた。
いくら好きだとは言え、何が入っているのかわからない物を食べるのは、さすがにごめんだ。
ここは海上なので、時折出てくる魔物と戦う以外はリラックス出来た。
仲間も同じだったらしく、俺達は枕投げまでやった。渋っていたミレーユまでもが、いつの間にか熱中していたのが意外だった。
夢中になった俺達が解散したのは、かなり遅くなってからだったが、なかなか眠れそうになかった。
大勢で何かをしている時は忘れられるあの疑問が、一人になった途端に襲いかかってくるんだ。
しばらく努力してみたものの、どうにもならなくて、仕方なく夜風に当たろうと外に出ると、先客がいた。
……バーバラだった。
俺は一瞬まずいと思ったものの、出て来て早々に引き返すわけにもいかず、平静を装って声をかけた。
「まだ寝てなかったんだね」
「まあ、何となく眠れなくて」
「えへへ。あたしも同じ」
「そうか」
「…………」
「…………」
何だろう、この沈黙は。
イザこうして二人きりになると、何を話していいのかわからない。
いつもなら、バーバラが勝手にしゃべるので、適当に相槌を打っていれば良かった。
それがこうも黙られると、どうしたらいいんだろう。
「……ねえ」
「何だ?」
「あのね……いっこ聞いてもいい?」
「どうぞ」
「レックは、あたしのことキライなの?」
「へ?」
思わず呆けた声を出してから、しまった!! と思ったけど、態度には出さないように気を付ける。
しかし、バーバラが気にしている様子は無かった。
俺がいっぱいいっぱいで、気が付かなかったのかもしれないけど。
「だって、みんなには色々と気遣ってるのに、あたしには言葉キツイし、しょっ中文句言うし、すごく身構えてるし」
「そんなこと」
「あるよ、絶対! だからね、何が嫌なのか教えて欲しいの。これからも、一緒に旅して行かなきゃならないでしょう。悪いところがあるなら直すから。あたしね、こんな風に続けていきたくないの。だから……」
しまいには、うつむいてしまったバーバラ。俺より低くて小さい肩は、小刻みに震えていた。
……同じなんだ、俺と。
俺も嫌われてると思ってたけど、一緒だったんだなあ。
そう言ったら、バーバラは潤んだ瞳を向けてきた。途端、胸がズキリと痛む。
こんな顔をさせてるなんて……。俺は、バーバラのこんな顔を見たくないのに。
なのに、ここまで追い詰めたのは俺なんだ。
「そんなことない! レックは、月鏡の塔であたしを仲間にしてくれたじゃない。そんな人を嫌いになんか、なれっこないよ」
「あれは、ほら、俺と同じだったから可愛そうだと思って」
「だからなの? 良く知りもしないくせに、そんな理由で仲間にしたの? だからお人よしだって言われるのよ!」
「ばっ! ばか! いちいちうるさいんだよ! ……ああ、違うよ! 好きだから仲間にしたに決まってるだろう!!」
……そうだ。
ムドーの元に行く時より前から、月鏡の塔で出会った時からずっと、俺は好きだったんだ。
バーバラのキラキラした瞳や悲しそうな瞳を見た時から、元気ハツラツな笑顔を見た時からずっと……。
冷静な感情を取り戻した俺が気づいた時には、バーバラは顔を真っ赤にして固まっていた。
思わず口をすべらせた俺だって、穴があったら入りたい気分だったけど、今更修正も後戻りも出来っこない。
もう、こうなったらヤケクソだ!
「そうだよ! 俺はバーバラのことが好きなんだよ! だからどうしていいのかわかんなくって、それで色々と言ったりだなあ……っておい! 何で泣くんだよ! そんなに、迷惑か?」
言いたくないけど、聞きたくないけど、言わなきゃならなかった。
だけどバーバラは、俺の予想に反してふるふると首を振った。
「違うの……そうじゃ、なくて……とっても嬉しいから。嬉しい時だって、涙が出るんだよ」
「そうだけど、バーバラ、だったら」
「あたしもね、ずっと好きだった。みんなにも相談したけど、どうにもならなくて、ずっと悩んでたの。どうしたら気が付いてもらえるのかなあって」
ああ、そうだったのか。鈍いのは俺の方だったんだ。ハッサンのこと、偉そうに言える立場じゃないなあ。
「だからね、すごく嬉しいの。ありがとう、レック」
そう言ったバーバラは、ようやく笑顔を取り戻してくれた。俺の大好きな、あの笑顔を。
いてもたってもいられなくなった俺は、バーバラを抱きしめた。
バーバラは一瞬強張ったけど、おずおずと背中に手を回してくれた。
……何てあったかいんだろう。
静まり返る周囲。頭上には、きらめく満天の星空。
自然に、だけど優しく、俺達の唇は触れ合った。
次ページに後書き。