長編2
□第三章:仲間達の思い
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城や城下町全てを探し尽くしても、ウィルの姿は見つからなかった。そこでバーバラは、先ほど出向いた草原へと足を伸ばすことにした。
レイドック城から広大な草原を経て、遥か北のライフコッドの村へ。両者の行き来を困難にしているのは、高くそびえ立つ山脈だ。
夢の世界ならば山越えに備える目的と、下山してきた人々を暖かく迎え入れる役割を果たすシエーナの町がある。
しかし、現実世界はまだそこまでの発展がなかった。
おかげで、ライフコッドを訪れる旅人はとても珍しく、村は随分と閉鎖的になってしまっている。
先に訪れた時は、他に気を取られていたせいか、景色を考える余裕がなかった。だが、バーバラにとっての現実世界は一年ぶりであり、とても懐かしい場所なのだ。
彼女は様々な思いを巡らせながら、草原を歩いた。ほぼ中央に立派なオークの木があり、彼はそこにいた。
「見つかって良かった。随分探したのよ」
ウィルは突然の声に驚きはしたものの、堅苦しい表情は崩さなかった。
「……何しに来たんだ? こんな所まで」
「もちろん迎えに来たのよ。みんな心配していたし、早く帰った方がいいわ」
「悪いけど今夜は帰らない。お金を渡すから、君は宿屋にでも泊まってくれないか」
「そんなに怒らなくたって……」
「あのなあ! あんな強引なやり方をされて、怒らずにいられると思うのか!?」
その言い分は最もだと、バーバラは思った。彼の気持ちも理解出来た。
しかし、彼女は同意出来る立場ではない。
「経緯は良くわからないけど、あの場の話を聞いた限りではそうかもね。けれど、王様はウィルのことを考えて結論を出したんでしょう? その気持ちをわかってあげて」
城から逃げ出したことを非難しようともせず、優しい言葉をかけてくれるバーバラを、ウィルは驚きの表情で見つめた。あまりにも変わってしまった人柄に、言葉が出て来なかったのだ。
今、目の前にいるその人は、彼の知っている彼女ではなかった。
そう考えたウィルは、わずか一年の変化に疑問を持ったが、果たして何が原因なのかは、知る由もなかった。
「なあ。結婚って、自分の意志でするものだろ。人に押しつけられてするもんじゃないだろ」
「普通はね。けど、ウィルは王子様だもの。違っていても仕方ないと思うわ」
バーバラの口調は穏やかだったが、内容は厳しかった。
「王子、王子って言うけど、なりたくてなったんじゃない! こんなことなら一人に戻らず、ライフコッドで暮らしていた方が、どんなに良かっただろう」
「そう言っても、どうにもならないじゃない。弱音を吐くなんて、ウィルじゃないみたい。伝説の勇者でしょう? しっかりして!」
そこまで言ったバーバラは、一息ついた。しかし、相手が何も言わないので
「……ジュディさんて、素敵な人ね。あなた達、お似合いだと思うわ」
と言った。そうとしか慰めようがなかったのだ。励ましの気持ちからというのもあるのだが。
しかし、その気持ちがわからない彼は、信じられないという顔をした。
「じゃあ君は、彼女と結婚した方がいいと思うのか?」
「私は意見を言っただけよ。自分で決めることじゃない」
「自分で、か。そう……そうだよな。そうしたら……」
「何?」
この問いの回答が返ってくるのには、少しの時間が必要だった。ウィルは考え事をしてるらしく、無言だった。しかし、厳しい顔つきは失せていた。
「彼女とは結婚しない。……ずっと君が好きだった」
「ええっ!?」
この突然の急展開に、バーバラがうろたえるのは無理もなかった。
「……どうして? 冗談でしょう?」
「冗談なんかじゃない。本気だ」
「だって……再会出来たのは偶然よ。どう考えてもおかしいじゃない」
「確かにそうだよな。本当ならもう……。ずっと考えてて、いっそのこと何もかも忘れられたらと思っていた。ジュディにしても、一緒にいればいつかは愛せるようになるはずだと。でも駄目だった。彼女はあくまでも、幼なじみなんだよ。俺は……」
ウィルの言葉を、バーバラは素直に聞くことが出来なかった。
夢の世界にあるカルベローナでは、次の長老となる者はバーバレラの石像から生まれてくる。子供を作る必要などない。
結婚が禁止されているのではなかったが、タブーというのが歴代の長達の暗黙の了解だった。
しかも彼女は、昔から長の地位を継ぐにふさわしい大魔女となるべく、修行三昧の日々であった。
その為に、恋愛と縁遠い生活をしてきたせいか、初対面の自分をすんなり受け入れてくれた彼は初恋であり、なかなか忘れられなかったのだ。
しかし、シェーラに厳しく言われた以上、言ってはならない。
「そんなこと言われても……。ジュディさんはどうするの? 彼女、本気だと思うわ」
「だから、さっきも言ったとおり、彼女は俺にとって幼馴染でしかないんだ。それに多分、本当は王子っていう肩書に惚れてるだけだ!」
ウィルは、吐き捨てるように言った。
「そんな言い方ってないんじゃない!? 身近に王子様がいれば、ハッピーエンドを夢見て当然よ。私だって、彼女の立場ならそうしたと思うわ。それに、いくら肩書に魅力があったって、本人が駄目なら無視するわよ」
「君はジュディとは違う。俺にはわかる!」
現実のバーバラを知っているウィルには言い切れる自信があったが、このバーバラにはそうは思えなかった。よって、ジュディの肩を持つことばかりを並べ立てた。
そこで彼は、先ほどミレーユがいたおかげで口に出せなかった過去について話した。
「十八になったら私が行くと言ったの? レイドックへ? どうして?」
「それは、王族は十八にならないと結婚出来ないっつう、面倒くさい決まりがあるからな」
「ええっ!? それって、その、つまり……」
「そういうことさ。それでも、もう一人の君は承知してくれた。でも、その時俺達は、旅をしている最中だったんだ……」
バーバラが返事をしないので、ウィルは続けた。
「君は俺が王子だと最初から理解していたようだけど、普通に接してくれた。友達がいなかった俺にとってどれだけ嬉しいことだったか、君にわかるか?」
「それは……」
立場上は同じであるが、彼女は言葉を濁した。
カルベローナの長が抱える重責を全て理解していないウィルは、少しだけ疑問を感じたが、再び話し出した。
「話を切り出した時には身分のこととか言ってたけど、それでも結局は応じてくれた。初恋なのに、こんなにうまくいっていいのかって、ちょっと不安になったけどな」
「私、月鏡の塔でウィルと会った時、前から知ってるって思ったの。気のせいかと思って言わなかったけど、ずっと疑問は消えなくて、むしろ強くなる一方。同時に、ああ、好きなんだなって思ってた。会える可能性がなかったのに、どうしてかしらね?」
急に話題を変えたバーバラだったが、ウィルは笑顔になった。
「バーバラ!! 君もずっと想ってくれてたのか!? それに、前から知ってるって思ってたなら、過去の記憶があったんだろう? 何だか信じられないよ! でも、これでジュディと結婚する理由がなくなるわけだ」
喜ぶ彼とは裏腹に、バーバラの顔は暗かった。
「いきなり話を飛躍させないでよ! 過去はともかく、私はまだ、承知したわけじゃないんだから。大体、こっちの世界の私があと七日で見つかるかどうかだってわからないのに」
「大丈夫! 絶対に見つかる! さっき言っただろう? 見当はついてるって。本当に、このまま俺が夢世界に行ったら、もう一人の俺に一生恨まれるとこだ。君を独り占めしたってさ」