長編2
□第十二章:ダーマ神殿の謎
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気がついた時ウィルがいたのは、暗がりの中だった。どこにいるのか全くわからない。
大抵、しばらく同じ場所にいると次第に目が慣れてきて、おぼろげながら様子がわかるようになる。
まして、彼は以前の旅のおかげで周囲を把握する力に優れており、ある程度の範囲なら気配を感じ取れるのだ。
しかし、ここは全ての常識を覆す場所だった。いつまでたっても視界には何も映ってこない。
かろうじてわかるのは、閉鎖された空間でないこと。そして、ここにいるのが自分一人でないことぐらいだった。
進展の無い状況に業を煮やした彼らが不確かな足取りを進めていくと、突然目の前が開けた。
暗闇から一挙に光の世界へ。それこそ、視界が慣れるのに時間がかかるはずなのに、またしても常識は通用しなかった。
今までとは一転して花畑の中を通る、一本の真っ直ぐな道。そこを歩いていたのだ。
終点に待っていたのは、伝説の魔法都市カルベローナ。
入口ではカルベ老夫婦をはじめとする、二人の知り合いが笑顔で出迎えてくれた。
しかし、ウィルが知っているそれとは、どことなく違っているのだ。
街全体の雰囲気も、住人達の様子も。
この町ほど「夢」という言葉がふさわしい場所は無いほどなのに、今日のカルベローナは違う。
なぜかはわからないが、何かが違っている。確かにどこかが……。
「ああ、戻って来たのね。私、行かないと」
否定する言葉をウィルは言った。しかし音が出なかった。のどを痛めるほどの大声を出そうとしても、音にならないのだ。
その上、身体中が、まるで金縛りにでもあったかのように動かなかった。
ウィルはあせった。そんな彼を無視して、彼女は歩いていった。手を広げて待っている皆の所へ、一歩一歩確実に。
待ってくれ! そこはカルベローナじゃない。そんなこともわからないのか!? すぐ戻るんだ! バーバラーーーっ!!
ウィルは声にならない声を、腹の底から絞り出したつもりだった。だが届くはずもなく、いつしか姿が消えていた。
と同時に、一向に動く気配のなかった身体が突然自由になった。
カルベローナの形跡はとうに消えていた。
己の無力さに絶望しかけたその時、また目の前の風景が変わった。今度は、不思議な光に包まれている場所だった。
――そう。
あの、光の階段を包み込んでいた、金色とも銀色ともとらえられる不思議な色をした光と同一のもの。
目まぐるしい出来事の連続に頭がついていかないウィルは、何度も瞬きをした。
夢なら早く覚めてくれ……。
そんな願いを込めて目をつぶり、ゆっくりと開けた。
その時、二人の人間がこちらを見て微笑んでいるのを見た。
彼らは、ウィルに考えるゆとりを与える暇もなく、つかつかと歩み寄って来た。
二十代後半から三十代前半であろう男女だった。男性は精悍な顔だちであり、女性は美しかった。
男性に対する記憶はないが、女性には見覚えがあった。どこかで見たような、というのが正解だ。
『……ウィルというのは君だね?』
男性が尋ねた。
敵意が無いと感じたウィルが無言でうなずいたので、彼は続けた。
『頼みがあるんだ』
(……俺に? 大体ここはどこですか?)
いきなりそんな話を、しかも全く知らない人から言われて混乱しない人間がどこにいるだろうか?
ウィルは彼らを警戒していた。
『ここは、あなたの心の中』
女性が言った。透明感あふれる澄んだ声だった。
『私の魔力で、あなたの世界にお邪魔したのです。娘の件で、どうしてもお話ししないとならなかったので』
(娘って、じゃああなた方は、バーバラのご両親!?)
ウィルの問い掛けに、二人はうなずいた。
どうりで、女性の目はバーバラそっくりだったのだ。笑顔だって似ている。バーバラは、母親の血の方が濃いらしい。
彼が更に質問しようとすると、母マリアは手で制した。
『詳しく説明する時間はありません。あの子の身に、異変が起きたのです』
(異変? 良くないことが起きたと言いたいんですか?)
青くなって聞くウィルに、父グレンはうなずいた。
『その通り。悪しき者に連れ去られたのだ』
(嘘だ! そんな奴いるはずがない! 俺達は諸悪の根源たる大魔王デスタムーアを倒した。あいつが死んだ今、そんな奴、いるはずがないんだ!!)
『そう。確かにデスタムーアは滅びた。だが、奴の影響を受けずに生きていた者がいたのだ。そいつが娘をさらった』
(そんな……そんなことが……)
その場にへなへなと座り込んでしまったウィルを、マリアは助け起こした。
さすがに、芯はしっかりしているらしい。
『その者の名はダークドレアム。私の愛しい人の国を滅ぼした、伝説の悪魔』
ウィルはマリアを見た。彼女はゆっくりとうなずいた。
(そいつが何故、バーバラを?)
『奴はデスタムーアが滅びたのを機に、自分の持つ魔力を増大させようとした。しかし、不可能だった。なぜなら召喚悪魔であり、限度があったからだ。例えるなら、絵本に出てくる悪魔と同じく、上限があると思ってくれてもいい。とは言っても、その力は既に計り知れないがな』
『ダークドレアムは、自分の夢を子孫に託す決意をしたのです。それには、女性にも絶大な魔力が必要。その白羽の矢がたったのが……ああ!!』
両手で顔を覆ってしまったマリアに、グレンはいたわりの言葉をかけた。
『娘は今、夢の世界にいる。今はまだ無事のようだが、奴の餌食になるのも時間の問題。そうなる前に、何とか助け出して欲しい。これは、精神と肉体に別れたことがあり、かつ娘を想ってくれている君にしか出来ないんだ!』
(しかし、向こうで俺は見ることも触れることも出来ないはずですが)
『それなら心配ありません。目が覚めた時、光の階段の輝きが一層強くなっているはず。その時に行けば大丈夫です』
マリアは励ますように言った。
(……わかりました。それでしたら行きます。いや、行かなきゃならないんだ。バーバラを横取りされてたまるか!!)
熱っぽく語るウィルを見て、グレンとマリアは目を細めた。
『あなた。さすがにあの子が見込んだだけはありますね』
『ああ。確かな人間を選んでくれて、俺はホッとしているよ。どうか、くれぐれも娘を頼んだぞ!』
ウィルは、力強くうなずいた。
それに安心したのか、二人の姿は急速に遠のいていった。