長編2
□プロローグ
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『……ところで、そちらのお嬢さんの名前は何と言うのかね?』
『えっ? えっ? あたしの事?』
『……そりゃそうだろう。バーバラと言って、仲間の一人です』
『……仲間、か?』
『はい。……それが何か?』
『ん? いや。お前もわしに似て、なかなか隅に置けん奴じゃのう。こんなかわいい子を連れて帰って来るとは』
『…………』
『あのですねえ、父上! 勘違いしないで下さい! 彼女は優秀な魔法使いとして、的確にサポートしてくれて』
『おやおや。ムキになって否定するところが、ますます怪しいのお。そうは思わんかね? シェーラ』
『ええ、その通りですね。でもあなた。いまは……』
『おお、そうじゃったな。さあ! 宴じゃ宴じゃ! 祝いの杯を持て!』
――――……
♪ラララ〜ッ、ラ〜ラッ、ラ〜ラ〜♪
心地良い音が聞こえてくる。口ずさみたくなるほど軽快で可愛らしい音楽だ。じっとしていてもステップを踏みたくなる。
彼はこの音楽を知っていた。なぜなら、とても馴染みのある曲だから。
レイドック地方に伝わるフォークダンスであり、祝いの場では必ず演奏される。以前聞いたのは、小さな村の盛大な祭りの時だった。あれから二年が経過している。
今宵は世界が平和になった証として、ここレイドックでも城中を上げて祝宴が催されていた。
城門は解放されており、身分はもちろん、他国の人間であろうとも出入りは自由。
普段から開放的なレイドックではあるが、王城である以上、日常ならば有り得ない。しかし、この時ばかりは、全く問題にならなかった。
メイン会場となっている城の中庭では、コック達が競うようにして腕を振るった絶品料理と極上の酒が、出し惜しみなく振る舞われており、明るい笑い声が絶える時はなかった。
二年前、病に倒れた国王夫妻に代わり指揮を取っていた、かつての大臣ゲバンの圧政。
あまりにも強引なやり方であったが、反発する気力も無い程に国全体が疲れ果てていた。
しかし、今では当時の面影など、全くと言ってよいほど見受けられない。
代わりにあるのは、過去に存在した平和な時と、満ち溢れる活気。語り継がれてきたものが、ようやく現実となったのだ。
いつもはきりりとした表情の兵士達も、この日ばかりは笑顔を絶やさない。それでいて、どこか誇らしげ。
と言うのも、大魔王の恐怖から世界を救い、平和をもたらした第一人者は、この国の王子ウイリアム殿下=愛称ウィル、なのだ。
よって、祭りの主役は彼だった。
無論、本人は拒否した。
自分一人の力で成し遂げたのではない。頼もしい仲間達と出会い、彼らに支えられていたからこそ、今があるのだから。
しかし、仲間達に言いくるめられ、周りの雰囲気もあり、とうとう一番豪華な衣装を着せられて、ここにいるのだった。
仲間達は、思い思いのパートナーを見つけて、心から楽しんでいる。
ハッサンは、色気よりも食い気と見えて、料理を頬張っていた。
日頃から大食漢であったが、この日ばかりは彼の食欲を存分に満たすほどの料理が次から次へと運ばれてきており、何とも満足そうな表情をしていた。
一人例外はテリーで、全くと言ってよいほどに愛想が無い。姉に言われたから仕方なく来てやった、とでも言いたげな仏頂面だ。
楽しいのか楽しくないのか、まるでわからないのに、彼の周りには自然と女性達が集まってくるのだから、不思議なものだった。
メイン会場である中庭のいたるところに植えられた季節の植物は、丹精に手入れされている。
非常に広い場所で、百人は入れてしまうだろう。この日は料理が置かれたテーブルが占拠しているので、入れ替わり立ち代りやって来るのだが。
会場の一角に設けられた楽団が奏でる優しい調べは、途切れることを知らない。
側では、王と王妃が若かりし頃に戻り、見事なステップで踊っていた。二人を囲むようにして、多くのカップルが踊りを堪能していた。
ミレーユとチャモロもこの雰囲気の中では、さすがに普段の冷静さを保ち続けるのは不可能だったのだろう。
周囲の中から適当な相手を見つけて、輝くときを満喫していた。
誰もが平和に酔いしれているその中に、主役の姿は無かった。
ウィルはいつの間にか姿が見えなくなった人を探して、城中を歩いていた。
この城の一員である自分が探した方が不自然ではないからと、仲間達には一言断ってきたが、言い訳であることは百も承知だった。
彼は、照れ隠しに言った言葉をすぐにでも撤回したかった。そして、これまでに抱き続けてきた想いを告げるつもりでいた。
彼は道中のかなり遅くなってからだったが、気づく余裕の無かった、あるいは無視を決め込んでいたのかもしれないが、自らの気持ちと向き合う機会を持った。
自分がこれまでどうにかしてやってこれたのは、仲間達のフォローはもちろんだが、彼女の明るい性格に助けられていた部分が大きいのだと、ようやく自覚したのだ。
このようにして一旦気づけばとどまるところを知らず、口に出したことはなかったが、これから先の人生の伴侶として漠然と考えるようになっていた。
相手にも少なからず好意を持たれているとは薄々気づいていたが、事を起こすのは全てが決着してからだと決めていた。
そして、ようやくその時がやって来たのだ。
しかし、その姿はどこにも無い。中庭では、主役の登場を皆が待っている。長い間、席を外してよい訳がなかった。