長編1
□第四章:王子の修行
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レイドックの国王が病に倒れた数日後。
ゲント族の長老がやって来た。
こちらのもてなしを受けようともせずに用件だけ済ませようとする態度は、確かに噂通りなのかもしれない。
だが、やはり腕はあるらしく長老は祈りを捧げた。それでも目覚める気配がなかった。
「むー……おかしいのお。わしらでも治せん病気があるとは……。信じられん」
「おじい様でも治せないなんて……。実に不思議ですね」
長老に付き添う眼鏡をかけた男の子が、まるでこの世のものでもないような顔をして言った。
男の子は幼い容姿のわりにはしっかりとしており、物事をハキハキと言うタイプであった。
王族としてぬくぬくと育つウィルは羨望の眼差しで見たが、男の子にどこか不思議な感情を抱かずにはいられなかった。それはまるで、一種の予知のように彼の頭の中に広がった。
これからの冒険談。苦楽を共にする喜び。そして、永遠に変わらない友情と信頼の絆――。
何でこの人と冒険しなきゃならないんだろう? そもそも行かれるわけないのに……。
自然と悲しくなってくる気持ちを、ウィルは慌てて首を振って否定した。
よって、男の子が不思議そうな目で自分を見つめていても、全く気づかなかった。
やがて、長老と男の子は疑問を抱いたまま、帰ってしまった。
最後の望みだったゲント族の治療が無理だったので、ウィルはどうしていいのかわからなかった。シェーラもがっくりと肩を落とし、夫が寝ている寝室へと再び入っていった。
母上はつきっきりで看病している。僕に出来ることは……。
それから数時間後。
バーバラとの約束をようやく思い出したウィルが、久しぶりに北の草原に向かうと、火事のような光が見えた。何事かと思い近づくと、バーバラが魔法の練習をしている最中であった。
彼女は、ウィルが悪戦苦闘したメラのように簡単なものではなく、閃光系の最強呪文ベギラゴンを何度も繰り返し放っていた。
彼が見る攻撃魔法としてはこれが初めてだったが、本で得た知識通りのものだった。
これだけでも十分に驚くべきだったが、へとへとに疲れ切ったバーバラは、ウィルが知らない呪文を放った。つまり、本に書かれていない呪文という意味である。
しかし、その威力はとてもすごく、山の上半分が欠けてしまうほどだった。もしフルパワーで放ったら、どれほどすごいことになったのであろう――。
茂みに隠れて見ていたウィルは、あまりのすごさに呆然としていた。
「あっちゃー……やりすぎたかなあ……」
汗をぬぐうバーバラの横顔は、後悔しているというよりもいきいきと輝いているようだった。
それを見たウィルが身を乗り出した瞬間、茂みがガサガサと音を立てたので、バーバラは青い顔をして振り返った。
「……何だ。ウィルじゃない。おどかさないでよ!」
「…………」
「あっ! そういえば、ここ二、三日どうしたの? 約束したからあたし、ずっと待ってたのに、ちっとも来ないんだもん。からかわれたのかと思ったんだからね!」
バーバラは事情を知らなのだから無理もない。
しかしあまりにも一方的なその態度には、さすがのウィルも少しムッとしてしまった。
彼は理由を話そうかとも考えたが、知り合って間もない彼女に首を突っ込んで欲しくなかったので、やめておいた。
バーバラの性格を考えれば、きっと根掘り葉掘り知りたがるに違いないと思ったのだ。
何より、この場にいる時だけは、そういうことを考えずにいたかったからだ。
「色々とやることが多かったんだ。悪かったよ。ごめん」
「……そっか。そういえばウィルは王子様だもんね。急な予定が入っても仕方がないか。しょうがないから許してあげる」
バーバラの態度は、意外と素直だった。
よって、もっと怒鳴られるかと思っていたウィルは呆気に取られた顔をしたが、即座に切り替えた。
「それより、早速教えて欲しいんだけど、あんなにすごい魔法をやったばかりで、魔力が残ってるの?」
その質問に、驚愕の表情をしたバーバラは、次の瞬間掴みかかろうかとするような勢いを見せたので、彼は驚いてしまった。
自分がそれほどのことを言ったとは、とても思えなかったのだが、彼女にとっては違ったらしい。
「見てたの!? お願いだから誰にも話さないで! 絶対に!」
「何で……」
「お願い!! ウィルの為でもあるの。何も見なかったことにして!」
「……わかった。絶対に話さないよ」
冷静さを失い懇願するバーバラの姿に疑問を抱いたウィルだったが、質問はやめた。
と言うよりも、ためらわせてしまう雰囲気があった。自分とどうつながってるのかについては、心残りだったけれども――。
「本当? 絶対だよ!!」
うなずくウィルを見て、バーバラは安堵の息をもらした。そして、ようやく笑顔を見せた。
「大丈夫。ウィルはまだ基礎が出来てないんだから、そこから始めるのに魔力なんかいらないわ。ほらほら、早く始めましょう」
こうして、流されるがままに、ウィルはいつの間にか修行の体制に入っていた。
本当に調子がいいんだなぁ。さっきの態度は一体何だったんだろう――とか言おうかと思いながら。