長編1
□第三章:王子と少女
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「ふーっ……。城にいると、本当うるさいなあ。それに、ちょっと出来ないし……」
ウィルは、レイドック北側にある広い草原にやって来た。
ここは、北と東を高い岩山に囲まれており、西には人が滅多に近づかない「月鏡の塔」と呼ばれる高い塔が建っている。
噂によるとこの塔の内部には、世界に二つとない宝物が隠されているのだとか。それは、塔の名前に関係があるらしいが、何なのかはいまだ、明らかにされていない。
月から降ってきた鏡だとか、月の形をした湖で採れた何かがあるのだとか、様々な情報が飛び交っていた。
しかし、どれもこれも信憑性に欠けていた。
そこで、何人もの冒険者や強者達が真偽を確かめようとした。
だが、内部は鏡を使ったトリックの連続で、目標達成など到底不可能なのだ。
また、現在では魔物の巣窟になってしまった為、全員が大怪我をして命からがらの思いで外に出てくる。
よって、いつしか訪れる者はいなくなっていた。
従って、この場所は通る人がほとんど皆無と言って良い程だ。
それに加えて、出てくる魔物達もそれほど強くないので、ウィルは誰にも邪魔されずに思いきり稽古が出来るこの場所を気に入っており、暇をみては練習に来ているのだった。
以前は、兵士が相手をしていた。
しかし、ウィルはとんとん拍子に彼らの実力を追い越してしまった。もはや兵士達では彼の相手は務まらなかった。
それに、本業を忘れてそちらばかりにかまっているわけにもいかない。
かと言って、若い王子を一日中城に閉じ込めておくなど不可能だ。
王妃は、息子が行き場のない力を持て余していると承知済みだったが、外出については反対をしていた。
王家の人間である以上、制約はついて回る。外出に関しても、お供を連れずに一人で出かけるなど、言語道断! という考えの持ち主だったからだ。
ウィルは何も言わなかったが、それが彼の気持ちを表していた。
普段は素直な息子がここまでこだわっている為、やむなく王妃は一度だけならばと許可を出した。
ウィルが初めて一人で外出したあの日。
帰宅後、夕食の席で、頬を紅潮させて熱心に語る様子を見た王妃は、喜ばしく思った。
妹のセーラを亡くしてから、これほどまでにいきいきとしている息子は、本当に久しぶりであった。
話によると、人がいないのに加えて魔物も強くないらしい。それに、これほどまでに息子を変えてくれた。
よって、王妃が正式に許可する好ましい結果となった。
兵士達も最初は反対していたが、最近は何も言わなくなってしまった。
兵士長ほどの実力者がようやく相手になれる王子の力を発散させるには、自然が相手になるより他にないと悟った為であろうか――。
そういう訳で、この草原はウィルにとって唯一、城外に出られる場所なのだ。
素直な彼は移動手段を持たないせいもあり、他の場所へ行こうという気持ちはまるでなかった。ここに来られるだけで十分だったのだ。
通い始めて、すでに四ヶ月が過ぎていた。
しかし、今日はいつもと違って、剣をやる為に来たのではなかった。
「いつまでも出来ないままじゃみっともないよな。いい加減本気でやらないと。……よーし、いくぞ!! メラ!」
――そう。魔法の練習に来たのだ。
あれだけ大きな都市であるレイドックなのに、魔法に精通している者はいなかった。
仕方なくウィルは、本の知識と、基礎なら多少は知っていたグランに教わってきたのだ。
しかし、グランも正式に習ったのは学生時代であり、それは遥か昔の話。
その上、グランが若い頃は凶悪な時代ではなかった。よって、実践的な知識は無に等しく、王子を満足させるには至らなかった。
「あれ? 出ないなあ。やり方が間違ってるのかな? ……メラ…………えーい、メラ!」
メラは成功すれば小さな炎が起きる、初歩的なものだ。
よって、教育の導入編として使われており、生活の場でも役立つので、古くから親しまれている。
しかし、実際に魔法を見たことがないウィルはなかなかきっかけが掴めず、初歩の初歩と格闘すること十五分。さすがに疲れが出始めていた。
どうやら魔力だけは少しずつ削られているらしい。