長編1

第八章:王子の戦い
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 翌朝。

 船はゆっくりと、ムドーの島へ近づいていった。

 噂によると、島の周りは濃い霧で覆われてうっそうとしているという話だったが、実際には他の海域と変わらず良く晴れていた。
 しかし、その場にいる人々は明け方から準備を進めていたが、ほとんど何もしゃべらずに黙々と進めていた。以前訪れたホーキンス達までもが、言葉少なかった。

 船は適当な浅瀬を見つけて上陸した。
 岩礁の嵐であり、彼らほどの腕前でなかったら、つけるのが難しかっただろう。損傷は避けられなかったが、帰路ぐらいどうにかなりそうだった。

 ウィル達三人とレイドック兵士が上陸に向けた最終準備をしていると、ホーキンスが思いもよらない事を言い始めた。

 「俺もお前達と一緒に行くぜ」
 「何言ってんだ?! あんた達には関係ないんだ。さっさと帰れよ」

 ハッサンが慌てて止めたが、ホーキンスの目は真剣そのものだった。

 「何と言われようが一緒に行くと決めた。つべこべ言っても無駄だ」

 ホーキンスの言葉に、手下達もうなずいた。

 とは言っても、ハッサンはもちろん、他の皆も同意する事が出来るはずもなく、何とか思いとどまらせようとした。
 しかし、どれだけ言ってもホーキンスの意思は変わらなかった。仕方なく、共にする事にしたのだった。

 彼らは二手に別れて、島の北側と南側を散策した。
 そして二時間後。
 再び合流すると、片方のメンバーの報告通り、南側にある洞窟の入り口らしき穴から入る事になった。

 緊張する彼らを待ち受けていたものは、だだっぴろいダンジョンと、所々の地面を覆い、ぶくぶくと音を立てている熱湯だった。
そのせいで中に入った途端、ムッとした熱気が彼らを襲った。
その上、出てくる魔物達は海上で出会ったのよりも更に強く、数も次から次へとひっきりなしだった。

 熱湯は思っていたほどに熱くはなかった。
 しかし、長時間上を歩くのは危険だとわかったので、彼らは熱湯の海と海との間のわずかな隙間に出来た通路を注意深く渡りながら、魔物との戦いに悪戦苦闘していた。

 いつの間にか、ウィルが仲間達にあれこれ指示して戦うといった作戦になっていた。王家に生まれた彼に、リーダーの素質は十分あったのだ。
 ホーキンスもその手下達も、皆がウィルの言う通りに従った。そして誰も文句を言わなかった。

 「全く! 何だってこんなダンジョンがあるんだよ!」

 いくつかの魔物の大群との戦いが一段楽して、この苛酷な環境に慣れるのと同時に、そろそろ疲れも見え始めようかという頃。
 真っ先に愚痴をこぼしたのはハッサンだった。

 「そうですね。一筋縄ではいかないところ、さすがムドーの島というだけありますね」

 兵士が用心深く足を進めながら言った。

 「こんな熱湯だって、どこから流れて来るんだろうな? この辺に温泉かなんかあんのか……うわああっ!!」

 突然ハッサンが悲鳴をあげたので、一同は振り返った。
 彼は、誤って一番熱くなっている部分に足を入れてしまったらしく、火傷を負っていた。

 「もう、ハッサンたら。おしゃべりしながら歩いてるからよ。ほら、見せて」

 ミレーユは彼の具合を見ながらヒャドの呪文で冷やしてやり、続いて回復魔法をかけようとすると、横からウィルがホイミを唱えた。
 魔法に攻撃を頼らざるを得ないミレーユを気遣っての行動だった。

 「あら。ウィルったら、いつの間に出来るようになったの?」

 ミレーユが驚いてたずねた。

 「ついさっき。ほら。あんなにたくさんの魔物と戦ったからだと思うよ」
 「それにしてもだ」

 ウィルの後をホーキンスが続けた。彼もやはり驚きを隠せない様子だった。

 「お前はさっき、ライデインも使ったじゃねえか。攻撃や回復はともかく、勇者しか使えないと言われてる電撃呪文まで使いこなすなんざ、一体どうなってんだ?」
 「全くですね」

 年配の兵士が答えた。

 「ひょっとして、殿下には勇者となる素質がおありなのでしょうか。こんな事でしたらセバスの兜を持ってくるのでした」
 「……もしかして、伝説の武具の一つと言われている、あのセバスの兜!?」
 「ミレーユさんは何でもご存知なのですね。一年程前に陛下がムドー討伐の旅に出た際、お持ち帰りになられたのです。何でもどこかの民から託されたとか」
 「すごいわね。噂によると全部で四つあるそうだけど」
 「はい。全て集めた者は神の城に行けるそうですよ。しかし、残り三つが果たしてどこにあるのか」

 そう言うと、兵士は腕を組んで考え込んでしまった。

 だが、ハッサンにとってはどうでもよい話だった。
 いまこの場で議論しても仕方がないのだし、何よりも最初の話からどんどんずれてしまっている。
 それが彼をイライラさせた。

 「おいおい。オレ達は神の城とやらに行くのが目的じゃないんだぜ。ウィル! お前せっかくかけてくれたのはいいんだけどよ、まだちゃんと治ってないぜ」
 「あ、ごめん」
 「ハッサンたら、ウィルに八つ当たりするのは良くないわよ。ほら、見せて。ホイミじゃ間に合わなかったのね。……ベホイミ!」

 ミレーユがより高度な回復魔法であるベホイミを唱えると、ハッサンの火傷はたちまち治ってしまった。
 これには、さすがの彼も感心していた。

 「さすがはミレーユだな。もう治っちまったぜ!」
 「良かったわ。それより今度から気をつけてね。どうも少しそそっかしいみたいだから」
 「……わかったよ」

 ミレーユの言ったことが当たっているだけに、ハッサンは何も言い返せなかった。
 普段魔物に対する態度とは明らかに異なる彼の様子に、周囲は笑いの渦に包まれた。

 が、それもほんの一瞬の出来事にしかすぎなかった。
 すぐに新手の魔物の大群が襲ってきたのだ。

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