長編1
□第七章:王子と仲間達
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翌朝。
三人は身支度を終えると、ミレーユに連れられて酒場へと向かった。この時間だというのに、酒場は前夜の余韻に浸る人々で賑わっていた。
「この不景気だから、良く出入りしていると聞いたのだけど……すみません。ホーキンスさんを探しているのですが」
ミレーユはバーテンダーにたずねた。すると、それほど大声でもなかったのに、全員という全員が一斉に三人に注目した。
先程までの喧騒とはうって変わって、店内はやや静まり返り、バーテンダーの顔色もどことなく青くなっていた。その様子に三人は不安を覚えた。
「……隅っこで飲んでるのがそうだ」
バーテンダーが指さす方向を見ると、男がウィスキーをあおりながら鋭い目つきで見た。その体格はハッサンといい勝負で、以前はよほどの船乗りであったに違いない。
この町で暮らしてきたハッサンですら、彼を見たのは初めてである。船乗りを希望する者ならば、誰しも憧れる人物と聞き及んでいた。
海をまたにかける男……。そんなイメージにピッタリだった。
「何の用だ?」
「あなたの評判をお聞きしたので、お願いに来ました。私達をムドーの島へ連れて行って頂きたいのです」
ミレーユが答えた途端、店内のざわめきが大きくなり、視線が一斉に注目した。ひそひそ声は次第に大きくなっていき、聞こえよがしにあざけり笑う者もいた。
店中の誰もが、三人の命知らずな行動を奇妙に受け止めているのだった。
男二人は雰囲気に飲まれてしまい、本当に自分達はばかをやらかそうとしてるのだろうかとも考えてしまった。
しかし、側までやって来て、ご丁寧に忠告までしてくれる人を見ると、違うと叫びたくなった。
大声を上げ、わざとらしいほどに高笑いをしている彼らだって、心の奥に持つ願望は、ひょっとすると同じなのだろう。
ただ、力の無さに絶望して、一時の快楽に身を沈めているに過ぎないのではなかろうか。
口には出せない……けれど語りかけずにはいられない……。
そんな彼らの思いは、ウィルとハッサンの心に深々と染み込んでいった。
あくまでも冷静なミレーユは、人々の視線も何のその。ホーキンスを真っ直ぐに見つめていた。
しかし彼は、びくともせずに一人、静かに酒をあおるばかりであったが、やがて言った。
「行ってどうする? 戦う気じゃあるまいな?」
「もちろん、そのつもりだ」
ウィルが答えると、ホーキンスは彼の目をじっと見て考え込んだので、ウィルだけでなく、その場にいた者は妙に思った。
「僕の顔に何か……」
「……お前か、あん時の子が言ってたのは。なるほどな」
「あの時の子って?」
その問いかけに、ホーキンスは今までとは全く異なった態度を見せ始めた。非常に優しい目をしていた。まるで父親のようであった。
彼にこのような表情があるとは、果たして誰が想像出来たであろうか。
「三ヶ月ほど前だったか。お前と年齢の近い気の強そうな女の子がやって来てな。ムドーの島へ連れてけってんだ。この時期、海は魔物だらけだし、ましてやあんな所へ行くなんぞ命懸けだ。当然断ったが、魔法があるとか、島まで連れて行ってくれればいい、とか言ってな。それでも俺が断ると、毎日のようにやって来ては同じことの繰り返し……。とうとう折れたよ。今時の若い者にしちゃあ根性あるし、それに何と言ってもいい目をしていたからな」
「そ……その子の名前は?」
ウィルは真っ青になりながら、やっとの思いで聞いた。
「さあなあ。聞いちゃまずい気がしてな。深入りしない方がいい時もあるって事だな」
ホーキンスは、その娘の外見と印象についてこう答えた。
話を聞くウィルは、血の気が引く思いであった。今までの事をどうやって考えても、ホーキンスの言う娘とはバーバラに間違いないと思えた。
彼女がなぜ、ムドーの元へ行かねばならなかったかという疑問は、この時点では出てこなかった。
それよりも、バーバラの考えに気づかなかった自分を責めているのだった。わかっていれば一緒に行けたし、一人で行くよりかは確実に勝算があったはずなのだ。
「それからどうしたんだ?」
黙ったままのウィルに疑問を持ちつつ、ハッサンが聞いた。
「何人かの野郎どもと行くことになったんだが、魔物が出てくるたびにその子の魔法は大活躍だ。ありゃあ、ただの魔法使いじゃねえ。ひょっとすると、昔滅んじまったカルベローナの血を引いてるのかもな」
「カルベローナって確か、伝説の魔法都市だったわね? そんなにすごいの?」
ミレーユが驚きの声をあげると、ホーキンスはうなずいた。
「ああ。すごいなんてもんじゃない。けた違いもいいとこだ」
そう言われたミレーユは、エメラルドグリーンの瞳をますます大きくした。
横のウィルはというと、彼女とは反対に冷静であった。
何と言っても、バーバラは見知らぬ魔法の使い手なのだ。本にも載っていない魔法を自由自在に操れるのだ。
しかし、ミレーユはもちろん、ハッサンもその事実を知らない。
特にハッサンなど、魔法とは無縁の生活をしていただけに、まるで別世界の出来事のような顔をしていた。
ホーキンスは、そんな三人の表情を横目で見ながら話を続けた。
「まあ、とにかく、魔物が出てくるって以外は順調な航海だった。……ただ、あの子は北ばかり見ていた。聞いたら『大切な人が待ってる』って言ってたっけか」
「大切な人……」
ハッサンとミレーユはもしやと思った。それはつまり、ウィルではなかろうか?
なぜならば、ホ−キンスが少女について話し始めてからというもの、これまでと様子が異なるのだ。
「それで、島に着いてからどうしたんだ?」
ハッサンが聞くと、ホーキンスの表情は突然寂しいものになった。
「一緒に行ってやるって言ったら、約束に入ってないからいい。じゃあ待っててやるって言ったら、ルーラで帰れるからいいってんで、結局俺達はあの子に見送られながら帰って来ざるをえなかったってわけだ。今頃、どこでどうしてんだか……」
しんみりと語ったホーキンスは、またしても今までのいかめしい表情へ逆戻りした。
「とにかく、あの子に頼まれた。同じ考えを持った奴が、近いうちに来るかもしれない。そいつが同じ事を頼んできたら、叶えてやって欲しいってな。連れてってやる」
「本当かよおい!?」
「ありがとうございます!」
ハッサンとミレーユが礼を言うと、ホーキンスはわずかな笑顔を見せた。そして彼は、ウィルを見た。
「お前があの子の言う奴なんだったら、戻って来た時には想いに報いるよう努力するこった。何かあったらこの俺が許さないからな」
「……どうしてそこまで肩を持つのさ? 赤の他人なのに」
「まあ、いろいろあるってことだ」