長編1

第五章:王子の変化
1ページ/4ページ

 シェーラ王妃が倒れて三ヶ月が過ぎたが、彼女はもちろん、王も一向に目覚める気配がなかった。
 変化も何もなく、あえて言えば、時々王妃がうわ言で「鏡……鏡さえあれば……」と呟いているぐらいだった。

 後から振り返れば、とても重要な言葉である。しかし、現時点で何を意味しているのかは、誰にも理解出来なかった。


 指導者を失った城は、大臣ゲバンが中心となっていた。

 最初のうちこそごく普通に振舞っていたゲバンも、王と王妃の病が長引くに連れて段々横柄になっていき、悪政ぶりが目立ち始めていた。
 しかし、彼に注意する者は誰もいなかった。
 何しろ、相手は大臣。国王不在のいま、ゲバンの言葉は絶対であり、逆らうなど許されないのだ。


 事の真実は外部に漏れないよう、誰もが注意していた。
 しかし、いつの時代でも噂というのは流れるものだ。他国で、レイドックは危ないと言われ始めた。

 噂そのものは、レイドック自体にも流れてきた。国を離れる者も出てきた。その中で、王と王妃の再起を信じる兵士や城の者は、ひたすら自らの仕事に尽力していた。
 残った住民達も、ゲバンの影におびえながら暮らす一方で、唯一の希望であるウィルに大きな期待を寄せていた。

 王子様がご健在なのだから、いつかこの国も持ち直すはず……。そう信じて。

 にも関わらず、当の本人は、行動に移さなかった。
 性格もそうだが、王子と大臣と言う立場であるものの、ウィルに国政の知識が欠けている以上、ゲバン優勢は一目瞭然だった。

 両親のこと、ゲバンのこと、ムドーのこと――。

 こういったものを抱えて、一人で悩んでいたウィルには、稽古がストレスのはけ口となっていた。
 するといつの間にか、王子は王国をないがしろにしているという噂が人々の間で囁かれ始めた。
 それでも、長年付き合っているグラン爺やトム兵士長は理解してくれており、完全な孤独にならなかったのは幸いであった。



 では、二人にしかわからなかったのかと言うと、そうではなく、バーバラも変化に気づいていたので、ある時問いただしてみたが、何でもないという返事しか返ってこなかった。

 「そんなわけないでしょう!? 上の空になってる時だってあるし……」
 「本当に何でもないんだ! ほっといてよ」

 バーバラは、レイドックで起こっている出来事について、全く知らなかった。
 従って、これくらいでむきになるウィルを見て、よほどの事情があったんだろうと思ったものの、口には出さなかった。

 「まあ、結構上達してきてるから別にいいけど。ねえ、そろそろメラにチャレンジしてみない?」
 「え、もう?」
 「もうって、教え始めて三ヶ月になるのよ。出来てくれなきゃ困るわ」
 「そっか、三ヶ月なんだ……。うん、そろそろやってみようか。……よーし……メラ!」

 ウィルの放ったメラは、見事に成功した。そして、一本の木を直撃して炎上したので、バーバラは氷を起こすヒャドで消し止めた。

 「やったわね! とうとう出来たじゃない!」

 バーバラは思わずウィルの手を取って、小躍りした。彼もつられた。

 「……やった! ついに出来たんだ!! 良かった! 一生出来なかったらどうしようかと思ってたとこなんだ」
 「やあねえ、そんなわけないでしょう。このあたしが教えたんだから!」
 「確かにバーバラのおかげだよね。どうもありがとう。これからもよろしく。そうそう、できればホイミも教えてくれると助かるんだけど」

 調子がいいと思いながら踊りを止めたバーバラは、困った顔をした。
 手を離そうとしたが、浮かれているウィルは全く気がついてくれなかったので、彼女の表情はますます困惑したものになった。

 「ちょっと待ってよ。教えてあげられるのは閃光系のギラと、相手の守備力を下げるルカニまでだよ。あたしだって忙しいんだからね。それに、あたしは魔法使いだから、回復魔法なんて出来ないよ」
 「そうなんだ……?」

 ウィルは、自分の力で覚えていかなくてはならないという事実に不安を覚えた。それよりも、より一層ショックだったのは、バーバラに会えなくなる時がいずれやって来るということだった。

 城は暗いムードに包まれており、その中で平静を装いながらゲバンに接し、王子としての役目を果たさなくてはならないのは、これまでにないほどの重荷であった。

 そんな彼にとって唯一の心の安らぎは、バーバラだった。彼女と会っている時だけは、王子というわずらわしい肩書に翻弄されることなく、一人の少年でいられるのだから――。
 従って、その場所を失った時を考えるだけで、ぞっとしてくるのだった。

 しかし、いつまでも甘えているわけにはいかない。

 ――ひょっとして、これが人を愛するという気持ちなのかな。

 ウィルは生まれて初めて自分の中に湧いて出た、異性に対する愛の感情に戸惑っていた。
 それに気づいた時、彼は慌てて握りっぱなしだったバーバラの手を離した。手は汗で、ほんのりと湿っていた。

 不意に手を離されたバーバラは一歩下がって後ろを向き、ウーンと背伸びをすると、また振り返った。

 「この調子なら、あと三ヶ月ってとこね。それまでもうしばらくよろしくね!」
 「……こちらこそ」

 相変わらず元気のないウィルにウンザリするバーバラだったが、その気持ちは表面に現れなかった。
 それどころか、一日中胸がドキドキしていた理由について考えていた。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ