長編1
□第二章:王子の決意
1ページ/4ページ
十五年の時が過ぎた。
レイドック城の王子であるウィルは、暗い気持ちで城内を歩いていた。
彼だけでなく、レイドック城や城下町全体が重々しい空気に包まれていた。
それもそのはず。十歳になったばかりの王女セーラが、病気でこの世を去ってしまったのだ。
ウィルが幼い頃から父レイドック王は、人々の生活を脅かす魔王ムドー討伐を視野に入れており、対策を練る日々が続いていた。
そのため、近隣諸国からの問い合わせが多く、公務に大忙しだった。
母シェーラ王妃も、毎日のように訪れる各国の要人の接待に忙しく、子供にかまう時間は限られていた。
従って、彼は教育係のグラン爺を相手に育ってきたのだ。
幼い子供にとって親と過ごす時間が短いというのは、辛く寂しいものだ。
しかし、不満を口にしたことがないウィルは、グランを実の祖父のように慕っていて、「じいや、じいや」と、いつもグランの後を追いかけていた。
妹のセーラが生まれてからは、忙しい母親に代わり面倒を見て、周りの者を感心させていた。
『ウィル様とセーラ様は、本当に仲がよろしいんですね』
『無理もありませんわね。王様と王妃様はお忙しくて、いつもご兄妹二人っきり。お気の毒ですわ』
同情する声は数多くあったが、ウィルは自分の境遇が不幸だと思った事など一度もなかった。
しかし、それはセーラの存在が重要だったのだと、このような状態になり改めて認識した。
――――……
『はい、お兄ちゃん。出来たよ。さあ、どうぞ召し上がれ』
『どれどれ、もぐもぐ……。うん、とってもおいしいよ。セーラはお料理が上手なんだね』
『ほんとう? それじゃあ私、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるね!』
『ええ!? それは、うーん……。じゃあ、うんときれいになったらね』
『まあまあ、セーラ様ったら。お手々を泥で汚されて。あら、王様が大切になさっているお皿まで』
背後から、突然声がした。
二人が振り返ると、用事を済ませてきたメイドが、泥だらけのセーラと散らかり放題の台所に驚きを隠せないでいた。
何しろセーラが使った皿は国宝級の代物で、よほどの客人にしか使用を許されていないのだ。
しかし、まだ幼いセーラがわかるはずもなく、無邪気な笑顔を振りまくばかり。
『だって、お兄ちゃんにスープを作ってあげてたんだもん』
『ごめんごめん。後で僕が洗っておくよ』
『そんなことをやっていただくわけにはまいりませんわ。さあさあ。そろそろ夕食の準備をしなければなりませんので、お二人とも中庭で遊んできて下さいな』
さすがにメイドは、文句を一つも言わなかった。それどころか、優しい顔をしながら二人に言った。
『うん。行こうお兄ちゃん。お花がとってもきれいよ。お父様みたいな冠、作ってあげるね』