長編1

第一章:王子の誕生
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 昼間は晴れ渡っていたのに、夕方頃から突然の雷雨に見舞われたある日のこと。
 レイドック城は、朝から緊迫した雰囲気に包まれていた。
 城だけではない。城下町の人々も朝から落ち着きがなく、そわそわしていた。

 店員はお釣りの勘定を間違える。
 コックが注文と違う料理を作り、ウェイトレスが違うテーブルに出す。
 それなのに、お客はこれらの間違いを何とも思わないのだろうか。ただ、にこにこするばかり。普段なら確実にクレームがつくというのに。

 しかし、この地に立ち寄った旅人はそうではない。訳もわからずに、何事かといぶかしげな顔をするばかり。
 すると、ああ、ここの人ではないなとわかってしまう。
 それくらい、レイドック全体が浮き立っていたのだ。

 無理もなかった。
 四十をいくつか超えた王と、十歳はかる〜く離れているシェーラ王妃との間に子供が生まれようとしていたのだ。
 待ちに待った跡継ぎが!!

 町の人々は、不思議そうにしている旅人をつかまえては、自慢げに話すのだった。自分達が誇りに思う国の跡継ぎが生まれてくることを。


 ――――……

 レイドック城は世界地図で見ると、中心から北側にある。

 細かく説明すると、世界の北の多くを占める巨大な大陸の北西部にある、豊かな流れをたたえた川。
 これを逆上って行くと、大陸から突き出た半島にぶつかる。城は、この半島の中央に位置しているのだった。

 この城より北の方角の大地には草原が広がり、さらに北には高い山々がそびえたっている。
 広い草原と川の恵みは、豊かな自然の元となる温暖な気候をもたらしており、人や動物たちが暮らしていくのに十分だった。

 また、高い山々は、外敵の侵入を防ぐ自然の要塞の役目を果たしていた。
 とは言うものの、天地が創造されてからの長い歴史の中で、大きな戦争が起きたことなど一度もないのであるが……。

 以上のように素晴らしい立地条件を備えたレイドックが、世界で最も人口密度が高い国となるのも、うなずけるというものだ。

 
 ここより南東の方向に半日ばかり歩いていくと、商業都市として名高い港町サンマリーノへと向かう定期航路が出る港がある。

 サンマリーノは南の大陸の玄関口としての役割も果たしているので、行き交う人々と物資を運ぶ多くの船でいつも賑わっていた。

 統治領の西部に目を向ければ、遥か遠くにアモールという町があり、町を流れるアモール川の水は、沸かして飲めば大抵の病は治ってしまう優れもの。
 その清らかな水を求めて行く旅人や行商人達の尽きる時は、皆無と言って良い。
 そして彼らの大半は、行きも帰りもレイドックを中継地点として身体を休めるのだった。
 
 このように北の大陸で重要な位置を占めている以上、城下町には一通りの施設が揃っている。
 商店街はかなりの規模であり、それぞれの店に置かれている品物の中には古今東西の珍しい物が見受けられるなど、豊富な品揃えの為、いつも活気に満ち溢れている。

 よって、この城と城下町は、代々の温厚な王と王家の一族を軸として、遥か昔から世界の主要国の一つとして、平和に栄えてきた。

 ――――……

 この城を治める現在のレイドック王は、政治の方面に関して言うと、若い頃から年に似合わぬほどの確個たる信念を持っており、王家の血筋にふさわしい治世を行っていた。
 また、忙しい日々の中で、人々を恐怖に陥れつつある魔王ムドーについても大変な関心を寄せており、情報収集に余念がなかった。

 このようにかなりの働き者な為に、各国の王から高く評価されていた。
 しかしながら唯一の欠点は、なかなかの好青年であるがゆえに、女性好きだったことだ。それが先代、つまり父親の悩みの種であった。

 先代は、息子が幼い頃に王妃を亡くしていた。
 家臣達は、幼い王子と世間体を考えて再婚を薦めたが、王妃を深く愛していた王は、きっぱりと断ってしまった。そして、王妃の忘れ形見である息子を大切に育てた。
 幸い、親に溺愛されたせいでわがままに育つパターンにはならすにすんだ。
 しかし、王位を継いだ後も、結婚を薦める父の言葉に耳を貸そうともせず、気ままな人生を送っていた。


 とは言え、やがて年を取るにつれて浮上してくるのが跡継ぎ問題。王家に生まれた以上、避けては通れない。

 周りが騒々しくなる最中、さすがの本人もこれではいけないと思ったのだろう。やっとその気になったのが五年前。
 美しくてしっかりした娘シェーラと結婚した。
 彼女は城下町で一、二を争う立派な家柄の出身であったが、これに関しては本人同士の希望によるものだった。


 先代はこの結婚を心から祝福し、孫の誕生をいまかいまかと待ち望んでいた。しかし、願いは叶わなかった。
 まもなく、病気でこの世を去ってしまったのだ。

 その時初めて王は、孫の顔を見せてあげられなかったことを心の底から後悔したが、全ては後の祭りとなってしまった。
 ましてや、五年の歳月が必要だったとは、さすがに予想もつくはずがなかった。


 子供の誕生は、先代のみの期待ではなかった。城や城下町で暮らす大勢の人々も、跡継ぎの誕生をずっと待っていたのだ。
 それは、前に述べた城下町の様子からもおわかりいただけるだろう。

 人々はささやきあった。
 こんな立派な国にお生まれになるのだから、せめて平和な世の中になっていてくれればね……と。


 しかし、残念ながらそうもいかなかった。

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