長編1

第二章:王子の決意
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 ウィルが母シェーラに宣言をしたその夜。

 レイドック王は彼を呼んで、明日にでも兵士と共にムドーの島へ旅立つつもりであると告げた。

 あまりにも突然であり、ウィルは愕然とした。

 しかし、予感がなかったと言えば嘘になる。
 日頃から豪勢な夕食であるが、この日はいつもと違う様子を醸し出していた。
 おまけに王は普段以上におもしろい話ばかりをして、食卓を笑いの渦にしたのだから。


 ――かと思うと、急に塞ぎ込んでしまう。
 真向かいに座っていた王妃は、食事中ずっとであった。
 一応笑みを浮かべていたが、心では別件を考えているであろうと、ウィルにも容易に察知出来た程だった。

 それは、昼間の話が原因なのかとも考えて、ウィルは後悔した。
 しかし、そうではなかったとわかり、彼は一瞬ホッとしたものの、次の瞬間にはわめいていた。

 「……父上。戦われるおつもりですか?」
 「ははは。わしとて命は惜しいぞ。なに。聞いたところによると、怪しげな術を操るというのでな。それが何なのか突き止めて来るつもりだ」

 笑顔で軽く言われた言葉が真の意味を成していないなど、容易に察知出来ると、互いに理解しているはずだ。
 それでもあえてそうしたのは、全てにおいて未熟な自分を思ってのこと――。

 そう理解していても、それでもウィルは言わずにはいられなかった。

 「だけど、いくらなんでも危険過ぎます。それに、もし万が一何かあれば大変です。僕も連れて行って下さい!」

 ウィルの訴えに、王の心は揺れた。

 今までどんなに言っても乗り気でなかった剣の稽古に取り組むと聞いたせいもあって、内心では息子の成長を喜んでいた。
 しかし、ここで変わっては元も子も無いので、突き放した。

 「何を言っとるんだ。わしはこう見えても、剣の腕前は結構なもんじゃよ。お前の力なぞ、まだまだわしの足元にも及ばんわ! ……よいか? こうしてお前を呼びつけたのは、万一わしに何かあった時、王子であるお前にシェーラとこの国を任せようと思ったからじゃ」
 「…………」
 「そんな心配そうな顔をするな。大丈夫じゃよ。いま言ったように、万一に備えてじゃからな」

 王は、明るい表情を崩さずに言った。
 だが、起こらない保証は無く、それどころか、起きる可能性の方が高い。
 何と言っても、相手はあの魔王ムドー……。

 ウィルは、まだ年もいかない自分に父の代わりが出来る自信などなかった。
 しかし、父の表情を見て、これ以上反対しても無駄だと悟った。

 「わかりました。父上は一度決めたら、何が何でも貫く方ですからね。お帰りをお待ちしています。どうか頑張ってきて下さい!」
 「うむ。ウィルもくれぐれも頼んだぞ」
 「はい!!」

 本当は、心は不安で埋めつくされていた。しかし、父を気持ちよく送り出したかった。
 若い自分を信頼してくれる父の期待に応えるように、ウィルは精一杯の返事をした。


 ――――……

 「殿下! また一段と剣の腕を上げられましたなあ! もう、このトムがお教えすることなどありませんぞ」

 ウィルが剣の稽古をすると決めて、はや半年になろうかという頃。
 相手をする兵士長のトムは、彼の素晴らしい上達ぶりに、ただただ感心するばかりであった。

 元々、才能はあったのだろう。
 ウィルは一度聞いただけで、二、三回練習すれば自分のものにしてしまうほどの腕前を持っていた。
 以前は、練習に誘っただけで逃げ出してしまうくらいだったのに……。
 あれほど嫌がっていたのが嘘のようだ。

 しかし、ウィルの顔つきは、稽古を始めた当時と変わらずに神妙だった。むしろ、より厳しくなったと言ってもいいくらいだ。

 「まだまだこれぐらいじゃだめだ。もっともっと強くならないと!」
 「……何をあせっておられるのですか? これほどの腕前でしたら、もう十分かと思いますが」

 トムが問いかけても、ウィルはすぐに返事をしようとはしなかった。二人の間に、沈黙の一時が下りた。

 「……不安なんだ」

 しばらくして、ようやくウィルは口を開いた。

 「不安?」

 トムにはわかっていたが、あえて聞いてみた。

 「何かしてないと。こうやって何かに熱中していないと、どうにかなりそうで」
 「しかしですね、もう少し冷静におなりにならないと、見えるものも見えなくなりますぞ」
 「そんなのわかってる! でも、父上のことが頭から離れてくれないんだ。ムドーの元に出かけて、もうすぐ半年。とっくに戻ってきていいはずなのに!」

 ウィルは、師匠であるトムを怒鳴りつけてしまった。彼にあたっても仕方がないのはわかっていたのに――。

 しかし、それも無理はないのだろう。
 ムドーの城は、レイドック南東の内海に浮かぶ小さな島にあった。魔物に邪魔されなければ、一月ほどで往復出来るだろうか。
 今の時期でさえ、三、四ヶ月もあれば十分だ。
 まして、父王と同行しているのは、城内の選りすぐりなのだから、彼が心配するのも、当然と言えば当然だ。

 城全体に漂う緊張の空気も、日毎に濃くなっていた。

 「我々が気をもんでいても仕方のないことです。陛下を信じて待つより、どうすることも出来ないのですよ」

 トムとて、気持ちはウィル同様であった。しかし、兵士長の彼が口に出せば、王子の心を余計に暗くさせてしまう。
 だから、あえて冷静にならざるをえなかった。

 そんなトムの思いは、冷静さを欠いた今のウィルにはなかなか伝わらなかった。

 「それにしても、お優しくて人と争うことをあんなに嫌っていらした殿下が、これほどまでにおなりになるとは……。王妃の研究を気にしておられるのですな。無理もありません。いろいろと調べれば、それだけムドーに近づくことになりますからね」

 王子の気持ちに触れているのがいたたまれなくなったトムは、話題をそらした。
 しかしウィルはこの返事をせず、剣を片づけてしまった。

 「ちょっと出かけて来る」
 「どちらへお出かけですかな? 護衛を呼びますので、少々お待ちを。殿下!!」
 「北の草原で稽古をしてくるだけだから、一人で十分だよ」

 慌てるトムを尻目に、ウィルは走りながら叫んだ。

 第一関門を突破した彼は、第二関門である城門でも、警備の兵士に呼び止められた。
 ――が、北の草原に行くと告げると、意外にもあっさりと通してくれた。毎度のことなので、それほど気にも止めなかったのだろう。

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