長編1

第二章:王子の決意
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 「よーし。僕も何かしなくちゃな」
 「ウィル、その気持ちだけで十分ですよ。あなたは王子としての任務を果たしなさい」
 
 シェーラはグランから受け取ったハンカチで、涙をふきながら言った。
 
 「そうはいきません。父上と母上が世の中の為に尽くしている以上、僕にだって出来る何かがあるはずです」
 「でもねえ」
 「……そうだ!」
 
 ウィルの突然の大声に、他の三人は驚いた。何しろ、大声をあげるなど滅多に無かった子なのだから。

 「一体何を思いつかれたというのですか? 殿下」
 「僕は剣術をやることにするよ!」

 恐る恐る尋ねたフランコとは対照的に、ウィルはにこにこしながら言った。


 ――け、剣術? あの王子が!?


 この言葉には、彼を知り尽くしているさすがの三人も度肝を抜かれた思いがした。

 幼い頃から当てられていた、一日数時間の稽古も、淡々とこなすのみ。他と比べて情熱がないのは明らかな様子であった。
 そうであったから、基礎が出来るようになるとそれ以上を望もうとは決してしなかったのだ。

 よって、城や城下町では、ウィルの頭の聡明さに関する話よりも、王子ともあろう御方が剣の稽古を嫌がっているという方面ばかり、話題に上りがちだった。
 
 「で、殿下。剣術なぞ一日二日で出来るものではありませんぞ」
 「そんなのわかってるよ。だから、今から必死にやろうと思ってるんだけど」
 
 不安を隠しきれなかったフランコの口から出た言葉は、厳しいものであった。
 兵士である以上、身を持って体験しているのだから、彼の意見は正当だ。

 しかし、そうとわかっていても頭から否定されれば、いくら温厚な性格のウィルでもいい気持ちがするわけなどないので、ついつい乱暴な口調になってしまった。
 それを王妃がなだめた。
 
 「ウィル、少し落ち着きなさい。もう少し良く考えてから。ね? あなたまで私を不安にさせないでちょうだい」
 
 シェーラも同じく、心配顔であった。
 愛する息子の向上心は歓迎したが、内容があまりにも不適切だと思ったからだ。

 優し過ぎるとも言える性格なのに、殺生が向いているはすがない。
 このようなことに情熱を注ぐくらいなら、他の方面に使ってもらいたいと願っているのだった。

 十五と言う年齢であるから、王位継承を視野に入れつつ、政治についてより詳しく学ばねばならない。
 大国の王子と言う立場上、それはウィルも嫌と言うほど理解していた。

 しかし、彼は言った。
 
 「三人とも聞いて下さい。僕は本気です。さっきも言ったけど、父上に母上、それにこの国の皆が精一杯の何かをしているのに、僕だけ平和に暮らしているのは嫌なんです」
 「でもそれは、あなたにセーラの相手をしてもらなくてはいけなかったから……」
 「そう。今まではそれで良かった。だけど母上。セーラが大きくなったら? 僕の相手を必要としなくなったら?」
 「そうしたら、勉強があるでしょう? あなたには学ばねばならないことがまだまだたくさんあるはずですよ」
 「それはわかっています。だけど勉強なんか、いくら出来たって一人前になれるわけがない。僕だって男である以上は、それなりのことが出来ないとダメなんだ」
 「ウィル……」
 「本当は前から思っていました。いくら嫌でも、必ずやらなきゃならない時が来るって。それなのに僕はセーラの相手を理由に、逃げてばかりだった。でも、もう逃げたりしない! これはきっと、セーラが残した試練だと思うから……。だから、どうしてもやりたいんです。やらなきゃならないんです!」

 ウィルがいつになく真剣な表情で語るのを見て、ああ、これは本物だなと、三人は思った。
 
 「そうですな。いつかはおやりにならなくてはならないのですな。シェーラ様、ウィル様のお気持ちをどうか汲んでやって下され」

 グランが言った。

 シェーラは息子の目をじっと見ていたが、やがて笑顔になった。

 「そうね、ここで止めたりしてはばちが当たるわね。あなたは昔から優しい子だったけれど、いざって時は私達を心配させたものだったわね。このへんで変わらなくてはいけないかもしれないわね。優しいだけでは立派な王にはなれないものね」
 「…………」
 「あなたが小さい頃からお父さんも私も忙しくて、なかなかかまってやれなかったけど、いつの間にかこんなに成長していたのね……。いいでしょう、好きなようにおやりなさい。お父さんには私から話しておきましょう」

 母親の言葉を聞いた途端に、ウィルは笑顔になった。

 「うわあ、ありがとうございます。母上!!」
 「やっと笑顔が戻られましたね、殿下!」
 「その意気ですぞ! やはりウィル様には笑顔が一番ですな」
 「本当に。私達まで明るくなる気がするわね」
 「……それって言いすぎだと思うけどなあ」

 照れるウィルを見て、三人は久しぶりに笑った。

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