喫茶 GO
□仮
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芸能界という特殊な世界は、色々な感情を狂わせる。
例えば、金銭感覚。
馬鹿みたいなパーティーや、無駄遣いも常識を逸脱している。
勿論仕事も特別ではなく、世間一般の考える常識は常識でなくなる。
そして、大きな軸である人間関係も多種多様で。
この中で恋愛をすると云うことになると、それはそれでそれはややこしい事になってくる。
SNSのトップニュースで、昔付き合っていた彼女が結婚したことを知ったり、たまたま同じ仕事をすることになったスタッフが、元カノの彼氏だったり。
狭い世界で、堂々巡りを繰り返す恋愛事情は、一般では受け入れられないことも多いかもしれない。
残暑も残る9月。
剛と彼女との再会は、別れた季節と同じ夏の終わりだった。
【】
初めて会ったのは、剛も彼女もまだ若かった頃。
剛のレギュラーのあるテレビ局のメイクアシスタントとして働いていた彼女は、まだ業界に入りたてで初々しさが滲み出ていた。
当時からトップアイドルだった剛は、業界の先輩として立ち振る舞っていた。
『あー、決まんねー』
長く伸びた剛の髪に、彼女は悪戦苦闘していた。
「すみません…」
焦ってつけすぎたワックスに、ジェルで何とかしようとしている。
メイク台は必死な様子が伝わる散らかりようだった。
『かせ』
「すみません…本当に、」
鏡越しに見た彼女は、顔が強張っている。泣きそうになっているのを、堪えているのが分かった。
『名前、何て言うの?』
「…」
『名前!』
剛の声に反応して、あこは名前を伝えた。
あこはまた先輩に叱られると、肩を落としていると剛が呟いた。
『次も指名するから、』
ぶっきらぼうに鏡越しに剛は伝えると、それから黙って髪を弄り始めた。
『上手くなっとけよ』
あこにはそう聞こえた様な気がした。
それから仕事を重ね暫くして、二人は自然な成り行きで付き合うようになった。
そして仕事と恋愛に全てを捧げた二人だったが、まだ未熟な部分も多くすれ違いも重なり、若さゆえの事情もあり
お互いがお互いを考え、別れを迎えた。
そのあと
幾つかの恋が通りすぎ。
恋を重ねる毎に、季節も移り変わり。
月日が流れると、自然といい歳になっていた。
情熱だけで見る夢も、自分の気持ちだけで突っ走る愛も、全てが懐かしい。
気がつけば、40という数字が目前に迫っているが、だからと言って自分ではなにも変わっていない気がする。
それを肌で感じたのは、彼女との再会だった。
テレビ局に打合せに来ていた剛は、いつもの控え室へ向かうエレベーターに乗り込んだ。
先に乗っていたスタッフに頭を下げ、横並びに並ぶと、剛に続いて慌てて駆け込んでくるスタッフとぶつかった。
「すみません」
両手に衣装の鞄を抱えた彼女は、矢継ぎ早にもう一度、剛に丁寧に頭を下げて謝った。
「すみませんでした。」
『いや…』
顔を上げた彼女を見て、剛はあからさまに驚きが顔に出る。
『……!』
彼女も勿論、剛に気がついた。
「……」
エレベーターは直ぐに次の階へと移動する。
『大丈夫?』
「はい」
どんなつもりでそんな言葉を掛けたかなんて、剛にだって分からなかった。
ただ、懐かしくて。
それだけ…いや、それだけなのかも分からない。
『あこ』
エレベーターが空いて、あこは扉の方を向いてしまう。
呼び止めたい一心で、剛は少し声を張った。
『まだ あそこのカレー屋、好き?』
あこは閉まる扉の向こうで振り返ると、剛に視線を合わせて少し微笑んだ。