かぷ

□終わり行く世界の中で
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夢だこれは夢だ。
どうして覚めない?どうしてこんなに心臓が痛む?
ああなんて悪夢だ。

お願いですから神様。
全て夢にして下さい。


「レンくん、大丈夫!?」


俺の小さな錯乱も願いも空しく、目の前のミクさんは相変わらず頭から血を流していて。
そんな光景と、なんともいえない何かが焼ける臭いが、俺の視界をくらりと揺さぶる。


「レンくん!レンくんしっかりしなさい!」


俺とは違い落ち着いた、しっかりとした声を上げて、ミク姉は俺の肩を強く捕んだ。
その目は見たことがない位に強く澄んでいて。
それがたまらなく辛くて、涙がぼたぼたと溢れた。
ああくそ、かっこわるいな、俺。


「レンくんよく聞いて。」


なんでだよ。
なんでミク姉はそんな強くいられるんだよ。
悟ったような目で俺を見るんだよ。


(レ、レンくん…雷怖いよう…)
(レンくんどうしよう!お皿落としちゃった!)
(レレレレンくん!む、むむむ虫がああ嫌ああ)


いつもみたいに涙目で俺の所に来てよ。
怖いって、どうしよう助けてって、泣き叫んでみせてよ。
泣き虫で甘えん坊ないつものミク姉になりなよ。

ねえ!


「いい?私が今からあいつらを引き止めるから、レンくんは皆を連れてあっちに逃げて。」
「な…んで…」
「レンくんよく考えなさい。このまま皆で逃げるなんて、甘いこと言ってられないの。」
「でも!」
「レンくん。」


俺の大好きな甘い、綺麗な声。
大人びた表情で柔らかく笑いかける彼女は、まるで知らない人みたいだった。

その細い指が俺の頬を優しく包む。
温かな、感触。


「レンくん、ごめんね。」
「ミク…ね、え。やだ、やだよ、ミク姉…」
「お願い、お姉ちゃんの言うこと聞いて?」
「いやだ!俺が行く!」
「だめ、レンくんにはリンちゃんがいるでしょう!」


子供を叱り付けるような口調でそう言われて、思わず肩がビクリと震える。

(レン!リンとずっと一緒にいよーね!)

瞬時にリンの顔が浮かんで。
俺はミク姉の言葉にただ黙ることしかできなかった。

ミク姉は顔を悲しそうに歪ませて、俺の髪を撫でる。
いつもは姉らしさの欠片も無いくせに。
泣いている俺よりはミク姉の方が遥かに大人に見えて。
そんな自分が悔しくてたまらなかった。


「レンくん、皆をよろしくね。」
「…ッ!」
「あのね、私はお兄ちゃんとお姉ちゃんに頼まれたんだ。ミクももうお姉ちゃんな
んだから、皆のこと守ってあげなさいって。」
「………。」
「でも、レンくんがしっかりしてたから、いつも甘えちゃった。へへ、だめだね、私。」
「そんなこと…!」
「だから。」


ミク姉は大きく息を吸って、真っすぐ俺を見る。
その瞬間、大きな破裂音が響いた。


『いたぞ!ボーカロイドだ!』
『おい、しかも初音ミクだぞ!』
『逃げ回りやがって…今すぐ始末してやる!』


遠くから響く奴らの声に心臓が跳ねる。
ミク姉は焦るように、早口で喋った。


「これはお姉ちゃんである私の仕事。それで、これからの皆を守ってあげるのは、レンくんの仕事。」
「ミク姉…」
「頑張るんだよ、"お兄ちゃん"!」


そう言うとミク姉は自分のネクタイを素早く外して、俺の手に結びつけた。
きゅっと強く結んだあと、立ち上がって両手を広げる。
ああ、なんて、なんて大きく感じるんだろう。
飛びっきりの笑顔で、俺の大好きな笑顔で、彼女は言うんだ。


「レンくん!大好き!」


夢だこれは夢だ。
どうして覚めない?どうしてこんなに心臓が痛む?
ああなんて悪夢だ。


「お姉ちゃんとしても、…女の子としても。私は、」


お願いですから神様。
全て夢にして下さい。


「私はレンくんが大好き!ずっと、ずっとずっと大好きだよ!」


こんなに綺麗な愛を。
俺は生まれて初めてもらった。
温かくて、でも、大きすぎて。
胸が死ぬ程痛い。

えへへ、と笑ってから走り去るミク姉に向かって俺は叫ぶ。
掠れた汚い声で。
しわがれた声は、嗚咽を隠しきれなかった。


「俺もっ…俺も大好きだ!」


そうして背中を向けて走り出した。
早くしなきゃ、リン達が待ってる。

強くならなきゃいけないのに、だめだ。
まだ涙が止まらないや。

さようなら。さようなら。

大好きだった、お姉ちゃん。
大好きだった、可愛い一人の女の子。

さよなら。


終わり行く世界の中。
終末に向かった僕らは(私は)
確かに君に(あなたに)

恋をしていた。




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