かぷ

□ハロー新生活
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がらりとした部屋には新品の匂いがして、隅に積み重なる段ボールの山だけが異物のように見えた。
その一つに手を伸ばす彼の手には引っ掻き傷。
リンちゃんにつけられたものだ。

昨日よりも腫れているそれに、リンちゃんの赤くなった目が重なる。
部屋には温かい幸せで満ちているはずなのに、少し胸がちくりと痛んだ。


「レンくん、ごめんね。」
「へ?あ、ああ…」


思わず傷に手を触れると、レンくんは一瞬きょとんとしたがすぐに表情を崩す。


「大丈夫、もうそんな痛くないです。」
「それもだけど、あの、」


言いにくそうに口ごもる私を見てレンくんがくすりと笑う。
大丈夫。
唇が柔らかくそう動く。

「良いんですよ。そんな簡単に、離れるような仲じゃないですから。」
「…そっ、か。」


あ、やばい。面白くない。
そう言ったレンくんの顔が優しすぎたから。

そりゃ分かってる。
彼らはずっと、二人で一つだから。
私はリンちゃんともレンくんとも一つになれない。
どっちも大好きなのに。

だからこんな風に。
レンくんから彼女を奪ってしまった。
私は最悪な女だ。


「ミクさん?」
「…なんでもないよ!」


そうニッコリと笑うと、レンくんもえへへ、と笑った。
くそう、可愛いなあ。

側にいてくれるのは本当に幸せ。それは本当。
だけど、思ってしまう。
私は離れても、レンくんと繋がっていられるかな?
レンくんもその確信がないから、一緒に来てくれたのかな?

この場合リンちゃんと私じゃ、どちらがレンくんに近いんだろうか。
…まあ、答えはきっと決まっているけれど。


「ん?レ、レンくん!?」


虚しくそんなことを考えていたら、いつの間にかレンくんの瞳は真っすぐと私の顔を覗き込んでいた。
わわ、近い近い!


「俺ミクさんが今考えてること分かります。」
「え、」


静かに言う彼に心臓がどくりと跳ねる。
そんなにあからさまだったかな。
レンくんに嫌われたら、どうしよう。
違う、私もリンちゃん大好き。
本当に大好き、なんだよ。


「俺は確かにリンが大切だし、それはずっと変わらない、自信があります。」
「…うん。」
「でも、ミクさんがそうじゃないわけじゃなくて、」


優しい優しい声で言うレンくんの手が私の頬にそっと触れる。
あまりに温かなその手の平に、どんどん体温が上がっていく。


「俺、ミクさんが側にいないと死んじゃいそうなんです。」
「えっ」
「ミクさんには、いつも触れていたいって、そう思ったから。」


だから、俺は。
そう言いながら熱っぽいレンくんの顔が近付いてくる。
え、え、レンくん!?
心臓のうるささに頭がパンクしそうになって、思わずぎゅっと目を潰った。


「え、あ…!すいません!」


私の反応に正気に戻ったレンくんの顔が真っ赤になる。
レンくんは自分の言ったことが恥ずかしくてたまらないように、口をぱくぱくさせながら涙目になった。


「えっと…」
「ご、ごめんなさい」
「いや俺こそほんと、あ、あの、えっと、」
「…ふふ」


リンゴみたいなレンくんは、姉のように私を慕った幼いレンくんとリンちゃんとまるで変わっていなくて。
それが心から愛しかった。
そうだ、私は嫉妬もするけど、リンちゃんが大好きなレンくんが好きなんだ。

レンくんが私に触れたいと思ってくれるなら、私もレンくんの"特別"になれるなら。
それはきっと幸せと呼べるんだろう。


「えへへ。」


私は温かな気持ちになって、にやけながらレンくんを見た。
まだ赤い頬のまま、レンくんはきょとんと首を傾ける。


「ねえ、レンくん。1つお願い。」
「何ですか?」
「敬語禁止。」
「え」
「これからは、い、一緒に住むんだから。」
「そう…だね」


照れたように笑うレンくんはなんていうか本当に可愛くて。
満足した私はレンくんの唇に吸い付いた。
見開かれた彼の目を見つめると、その瞳に優しさが滲んだのがよく分かった。

レンくんの顔はとにかく真っ赤で。
私もきっと真っ赤だ。体が驚く程熱い。
これから一緒に暮らすのに未だにこんなに初々しいなんて、それが何だかたまらなく面白くてむずがゆかった。


「これからよろしくね、レン」
「うん、よろしく。」


見つめ合って笑えばまた胸が幸せでパンクしそうになった。
今度はレンが顔を近づけてくる。
ああもう、そんなに緊張しちゃって。可愛いんだから。
触れた唇は温かくて、私もずっとレンに触れてたい、一緒にいたいって強く思った。

あー片付け、進まないや。
でもいいんだ。時間はまだある。
少しずつ荷物をほどいていって、家具も増やして。
リンちゃんや兄さん達も呼んで。

家事の分担とかも決めて。

そうやって少しずつ。

私達の生活を作っていこう。



***
企画サイト「きみがすき」さまへの提出用です!
テーマはふたりぐらしでした。


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