かぷ

□さようなら恋心
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どうして愛は壊れるのだろう。
恋は下心、愛は上心、なんて。誰が言い出したんだろう。

上に上に、相手を包みこむような愛はいつか。
きっと全てを飲み込んで、何も見えなくしてしまうんだ。


「あ、えへへ、レンくんだあ…」


濁って何も映らない瞳をこちらに向けて、彼女は歪んだ笑みを見せた。
赤子を抱くように両手で持って頬に擦り寄せているそれは、


「ミ、ク、さん…?」


赤い赤い、ナイフだった。

足元には…ああ、どうか夢であってくれ。
彼女はふにゃりと笑った。


「あのね、聞いてレンくん。ひどいの。」
「………。」
「この人ったらね、レンくんを馬鹿にしたの。やっぱり使いこなせないなー、ミクとリンだけで良いかな、って」
「………。」
「そう言ってまた私に触ってきて。気持ち悪かったの。」


きっとこの人、最低な変態なんだわ。
彼女は虚ろな口調で静かに言う。
違う、"この人"なんかじゃないだろ?
彼はあなたの大好きな…


「マ、スター…」
「かわいそうなレンくん。傷つかないで?」
「マスター、マスター、」
「大丈夫、目覚めないから。レンくんが消されちゃったら困るもの」
「……俺、のせい、」
「ううん。レンくんは悪くない。なあんにも悪くなんかないのよ。」
「ミクさん…?」
「私がこの人を、"アンインストール"したんだあ。」


えへへ、とはにかむ彼女に首筋が凍る。
いやだ。いやだ。
ミクさんが狂うのは、嫌だ。
俺は別に使われなくたって良かった。鏡音リンのオマケで良かった。
ただ、彼女が笑ってるなら。
それが幸せで。


(レンくん聞いて!マスターが新しい曲を書いてくれたの!)


そう言う、彼女が、好きで。
俺は恋をしていた。


「レンくん、大好きだよ。」
「………。」
「レンくん。」


柔らかな腕に抱きしめられる。
カランとナイフが床に落ちる。
ただ目を閉じると、ミクさんの匂いだけが広がる。


(レンは使い所がないな)
「私はレンくんがいなくちゃ、だめなの」

(やっぱり今回もリンにしよう)
「レンくん、私が側にいてあげる。」


…ああ、なんて温かい言葉なのだろう。
涙が出そうだ。
大好きな人に、愛される世界。
誰も俺を捨てない世界。

だけど。


「………。」


温かい光の中、目を開けると暗い部屋と赤黒い世界で。
横たわる人を見て、ああこの頭の中にはあとどれ位の旋律が生まれる予定だったのだろう、とか思った。


「ミクさん。」
「ん?」


お願い。


「歌って。」


少し驚いた顔の彼女はすぐに優しく笑って頷いた。
何が良い?と聞かれたので、彼女が一番好きだった曲の名前を言う。


「分かった。じゃぁいくよ」
「うん。」


すぅ、と息を吸って、彼女は歌いだした。
部屋の雰囲気に全く合わない、明るく澄んだ声。


「………。」
「ああー♪そし……あれ?」


綺麗な彼女の声が震えていく。
目から透明な雫がぼたぼたと垂れて、それが全てを洗い流すように彼女の瞳が澄んでいった。


「あれ?…あれえ?」
「ミクさん」
「な、んで私、泣い…て…」


(私ね、マスターの曲大好きなの!)


彼女はそのままぺたりと座り込んだ。
自然に下がった彼女の目線が、横たわる彼に注がれる。


「ま、すたあ、?」


静かに錯乱する彼女を強く抱きしめた。
ますたあ、ますたあ、と呟く声が次第に高くなっていく。


「ますたあ、ま、すたー、マスター!」
「………」
「マスター、ごめんなさいぃ」
「うん。」
「大好き、です…ごめんなっ、さい…!」
「うん。」
「で、も」
「うん。」
「レンくんは愛なの、」
「え?」
「愛してるのぉ!」


そう叫んでから彼女は声を上げて泣き出した。
いつの間にか抱きしめる力は彼女の方が強くなっていて。
背の低い俺はまるで覆いかぶされているように思えた。
ああ、愛は上心、か。


「ありがとう、ミクさん」


俺はミクさんが大好きで。
でも、包める程、大きくなくて。
俺はちっぽけで。
だから、ただ強く、細い彼女の体を強く、抱くことしかできなかった。

ありがとう、ごめんなさい。


「俺も、大好きです。」


あなたが、そしてマスターが。
この気持ちは恋?愛?

狂った心はもう遅すぎた。
恋は愛になるけれど、愛は恋には戻れない。


「ごめん、ごめ、んね…!」
「大丈夫。大丈夫です」
「わた、私、」
「俺はここにいますから。」


ああ、ミクさんは温かいなあ。
涙でぐちゃぐちゃの顔からは言葉にできないような呻き声が漏れて。
それでも彼女は、こんなにも綺麗だった。


「ミクさん、ミクさん」


俺は彼女に恋をしていた。
そして、これから、いや今までも?


「愛してます。」


俺は彼女を愛している。


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