「お前は、何を歌いたいの?」 心からの軽蔑を込めたような瞳でそう言って、リンの大好きなクオ兄はリンを突き放した。 突き刺すようなその言葉に、涙がじんわりと浮かんでくる。 「な、んで…リン、ちゃんと歌って、練習もして…!」 「違う。お前、変わったよ。」 「変わった、って、」 「昔はもっと幸せそうに笑ってた。」 同情さえ感じられるクオ兄の表情に、恥ずかしさが体中を襲った。 今の、リンは、だめなの?幸せじゃないの? 早い曲を 人には出せない高音を 誰にも歌えない変拍子を もっともっと斬新で、刺激的で新鮮なものを! それを意識して歌うと、皆が喜んでくれた。皆が凄いねって言ってくれた。 だから、頑張って、頑張って頑張って、リンは皆が大好きだから歌ったんだ。 "皆が好きそうな曲"を。 「だって、リンは、喜んで欲しくて、」 それは間違っているのかな? 「…お前、楽しい?」 「楽しいよ!だってリンは、ボーカロイドだもん!」 「本当に?」 本当だよ、そう言って笑ってやろうと思ったのに、クオ兄を見ると喉がつまって声が出ない。 なんで?どうしてクオ兄が、リンより悲しそうな目をするの? 震える声を隠すように彼から目をそむけて、何とか言葉を紡ぎだした。 「リン、幸せだよ。皆を喜ばせる歌を歌えるのが、リンの幸せだし夢だったもん。」 「………」 「皆が好きだから、歌が好きだから、リン頑張ったよ?たくさん練習して、早口も滑舌も音域も、皆が驚く位上手になったよ?」 皆が言うんだ。凄いって、癖になるって、リンが大好きだって。 そう、言ってくれるのに。どうして、 「…っお前、本当にそれで良いのかよ!」 リンが一番大好きなクオ兄は、リンを褒めてくれないの? それがたまらなく悲しくて、ぺたりと座りこんでまた涙をほとほとと流した。 クオ兄がリンの目線に合わせて座りこんで、肩を掴む。 どうして、リンを突き放すのに、そんなに優しくしてくれるんだろう。 「ねえ、お前言ったよな。色んな歌が歌いたいって、たくさんの音楽に触れたいって、」 「…たくさん歌ってるよ。」 「違うだろ!お前、お前…」 クオ兄が言いたいことが何とかく分かるのが、逆に悲しくて、胸が痛んだ。 でも、良いじゃないか。ずっと同じ曲を歌っているわけじゃないし。 だって今のままで十分、皆はリンを愛してくれて… 「なあ、リン。今の歌い方も曲もやめて、一回普通の鏡音リンに戻ろう?」 どくん。 心臓が跳ねて、ガタガタと体が震えだす。 「や…嫌だよ、リン、今のままで、」 「マスターには俺から言うから。昔みたいな曲に戻そう、」 「嫌あ!」 クオ兄の体を強く叩くと、彼は口をつぐんだ。 嫌、嫌だ。リンは知ってる、昔とは違うこと。 需要は、流行は、変わるんだ。 だからリン達も変わっていかなくちゃいけないんだ。だってボーカロイドは、そうしないと、生きていけないから。 皆きっと失望する、つまらないって、微妙だって、リンのことを! そんなの、そんなの、 「そんなの…怖い、よお…嫌だ、」 「リン…」 「リンが昔と違うなんて分かってるよ!それでも、クオ兄、リンは、」 皆に愛されない世界なんて、もう怖くて生きていけないよ。 「あのさ、リン。」 さっきまでリンを冷たく跳ね飛ばした言葉は、泣きそうになる位優しい声になって、こちら見つめた。 心をそっと包みこむような、そんな柔らかな声で、クオ兄はそっとリンの頬を掴む。 「例えいらないバグだって、ちゃんと見てる人がいるよって、」 「…!」 「その人にとって君は何よりも愛しいから、それだけで、生きている意味になるんだよ、怖くないよって、」 それは、要らないと言われた、弱くて愛しいあなたとの、出会い。 「そう言ってくれたのは、リンだよ。」 皆が見ていなくたって、確かにあなたの曲が好きな人がいる。 数十万に愛される誰かより、あなたの方が愛しいと思う人にとって、きっと小さなあなたは確かな支えになる。 ああ、そうだ、リンは、そう言ったんだ。 「ねえクオ兄、リンは、もう頑張らなくても、良いのかな」 迷うように震える声で言うと、クオ兄は握った手に力を込めて、頭を撫でてくれた。 「うん。ありのままのリンで良いんだよ。」 「っ、クオ兄…」 「ちゃんと愛してくれる人がいるし、俺だって、」 「消えそうな俺を見つけてくれた、そんなリンが好きなんだ。」 何て恥ずかしいことを言うんだろうクオ兄はなんて思いながら、その言葉に心がほぐれていく。 ぽたり、と頬から涙を零して、小さく笑った。 「へへ、クオ兄、くさいね。」 「…馬鹿リボンめ。黙れ」 「黙りませんー!だってうるさいのがリンちゃんでしょ?」 久しぶりに満面の笑みで笑ってみせると、久しぶりにクオ兄も無邪気に笑う。 ああ、ねえ。 リンはやっぱり、聞いてくれる人に愛されたいです。 だって、ボーカロイドだし。 純粋じゃないって分かってても、そりゃ評価だって欲しいもん。 でもね、難しいことを考えるのは、やっぱりリンらしくないから。 だから。 (単純な曲でも、つまらないありのままの鏡音リンでも、どうか、どうか愛してね。) たくさんの愛も欲しいけど。 クオ兄を見つけられたリンを、彼に繋いで貰った手を、温もりを離すことなんて、やっぱりリンにはできないのだ。 |