かぷ

□頑張りすぎた私は
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「お前は、何を歌いたいの?」


心からの軽蔑を込めたような瞳でそう言って、リンの大好きなクオ兄はリンを突き放した。

突き刺すようなその言葉に、涙がじんわりと浮かんでくる。


「な、んで…リン、ちゃんと歌って、練習もして…!」
「違う。お前、変わったよ。」
「変わった、って、」
「昔はもっと幸せそうに笑ってた。」


同情さえ感じられるクオ兄の表情に、恥ずかしさが体中を襲った。
今の、リンは、だめなの?幸せじゃないの?


早い曲を
人には出せない高音を
誰にも歌えない変拍子を
もっともっと斬新で、刺激的で新鮮なものを!

それを意識して歌うと、皆が喜んでくれた。皆が凄いねって言ってくれた。
だから、頑張って、頑張って頑張って、リンは皆が大好きだから歌ったんだ。
"皆が好きそうな曲"を。


「だって、リンは、喜んで欲しくて、」


それは間違っているのかな?


「…お前、楽しい?」
「楽しいよ!だってリンは、ボーカロイドだもん!」
「本当に?」


本当だよ、そう言って笑ってやろうと思ったのに、クオ兄を見ると喉がつまって声が出ない。
なんで?どうしてクオ兄が、リンより悲しそうな目をするの?

震える声を隠すように彼から目をそむけて、何とか言葉を紡ぎだした。


「リン、幸せだよ。皆を喜ばせる歌を歌えるのが、リンの幸せだし夢だったもん。」
「………」
「皆が好きだから、歌が好きだから、リン頑張ったよ?たくさん練習して、早口も滑舌も音域も、皆が驚く位上手になったよ?」


皆が言うんだ。凄いって、癖になるって、リンが大好きだって。
そう、言ってくれるのに。どうして、


「…っお前、本当にそれで良いのかよ!」


リンが一番大好きなクオ兄は、リンを褒めてくれないの?

それがたまらなく悲しくて、ぺたりと座りこんでまた涙をほとほとと流した。

クオ兄がリンの目線に合わせて座りこんで、肩を掴む。
どうして、リンを突き放すのに、そんなに優しくしてくれるんだろう。


「ねえ、お前言ったよな。色んな歌が歌いたいって、たくさんの音楽に触れたいって、」
「…たくさん歌ってるよ。」
「違うだろ!お前、お前…」


クオ兄が言いたいことが何とかく分かるのが、逆に悲しくて、胸が痛んだ。
でも、良いじゃないか。ずっと同じ曲を歌っているわけじゃないし。
だって今のままで十分、皆はリンを愛してくれて…


「なあ、リン。今の歌い方も曲もやめて、一回普通の鏡音リンに戻ろう?」


どくん。
心臓が跳ねて、ガタガタと体が震えだす。


「や…嫌だよ、リン、今のままで、」
「マスターには俺から言うから。昔みたいな曲に戻そう、」
「嫌あ!」


クオ兄の体を強く叩くと、彼は口をつぐんだ。

嫌、嫌だ。リンは知ってる、昔とは違うこと。
需要は、流行は、変わるんだ。
だからリン達も変わっていかなくちゃいけないんだ。だってボーカロイドは、そうしないと、生きていけないから。
皆きっと失望する、つまらないって、微妙だって、リンのことを!
そんなの、そんなの、


「そんなの…怖い、よお…嫌だ、」
「リン…」
「リンが昔と違うなんて分かってるよ!それでも、クオ兄、リンは、」


皆に愛されない世界なんて、もう怖くて生きていけないよ。


「あのさ、リン。」


さっきまでリンを冷たく跳ね飛ばした言葉は、泣きそうになる位優しい声になって、こちら見つめた。
心をそっと包みこむような、そんな柔らかな声で、クオ兄はそっとリンの頬を掴む。


「例えいらないバグだって、ちゃんと見てる人がいるよって、」
「…!」
「その人にとって君は何よりも愛しいから、それだけで、生きている意味になるんだよ、怖くないよって、」


それは、要らないと言われた、弱くて愛しいあなたとの、出会い。


「そう言ってくれたのは、リンだよ。」


皆が見ていなくたって、確かにあなたの曲が好きな人がいる。
数十万に愛される誰かより、あなたの方が愛しいと思う人にとって、きっと小さなあなたは確かな支えになる。

ああ、そうだ、リンは、そう言ったんだ。


「ねえクオ兄、リンは、もう頑張らなくても、良いのかな」


迷うように震える声で言うと、クオ兄は握った手に力を込めて、頭を撫でてくれた。


「うん。ありのままのリンで良いんだよ。」
「っ、クオ兄…」
「ちゃんと愛してくれる人がいるし、俺だって、」

「消えそうな俺を見つけてくれた、そんなリンが好きなんだ。」


何て恥ずかしいことを言うんだろうクオ兄はなんて思いながら、その言葉に心がほぐれていく。
ぽたり、と頬から涙を零して、小さく笑った。


「へへ、クオ兄、くさいね。」
「…馬鹿リボンめ。黙れ」
「黙りませんー!だってうるさいのがリンちゃんでしょ?」


久しぶりに満面の笑みで笑ってみせると、久しぶりにクオ兄も無邪気に笑う。

ああ、ねえ。
リンはやっぱり、聞いてくれる人に愛されたいです。
だって、ボーカロイドだし。
純粋じゃないって分かってても、そりゃ評価だって欲しいもん。
でもね、難しいことを考えるのは、やっぱりリンらしくないから。

だから。

(単純な曲でも、つまらないありのままの鏡音リンでも、どうか、どうか愛してね。)

たくさんの愛も欲しいけど。
クオ兄を見つけられたリンを、彼に繋いで貰った手を、温もりを離すことなんて、やっぱりリンにはできないのだ。



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