かぷ

□何よりも音楽を
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「ねえ、知ってる?」


片手をそっと"彼"にかざしながら語りかけると、ぴったりと合わさった手の平はひどく冷たかった。

鏡のように同じ動きをして見せた彼と私だけれど、これはただ私達の波長がたまたま合っただけ。
彼はすぐに手を離し、首を傾げながら「何が?」と私に問いかける。

まるで私達の"間"には何もないかのように。
ただ、私と彼は普通に話をしている。

私の意思に反したことを彼は平気でするし、そして彼の意思に反した感情もきっと私は持っている。

そうだ。
私と彼は違うんだ。

違う、んだ。


「………。」
「リン?ねえ、どうしたの?」


無意識に自分の首が彼と同じ方向に傾いていたことに気づき、心がそっと冷えていった。

不思議ね、私達。
喋る言葉も、声も思いも違うのに。
どうして体は鏡越し、繋がっているのかな。


「…今日ね。」
「うん。」
「良い双子の日、なんだって。」
「へ?…ああ、11月25日だからかあ。ははっ」
「うん。ミクちゃんが言ってた。」


上手いこと考えたよねー、なんて二人で笑い合ったけれど、すぐにまた俯いてしまう。


「リン?」


心配そうに私を呼ぶ彼の姿は、俯いていて見えないけれど。
どうせ彼も俯いているのだろう。


(たまたまなんかじゃないって、)


私だって、分かってるよ。


ねえ、レン。


「私も、レンと双子になりたかったな。」


胸のもやもやが唇から溢れだしたように、無意識に出た言葉。
気づけば口走っていた叶うはずのない願いに、ハッと我に返って顔を上げた。

あはは、レン、ひっどい顔。
私は今こんなに泣きそうな顔をしているのか。


「…リン。あのさ、」


たった一つ、私と違う動きをする彼の唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「俺は、リンと同じで、嬉しいよ。」
「……。」
「いつまでも繋がっていられるし、嫉妬することも、リンを嫌いになることもない。」

「俺の世界にはリンしかいないんだから。」


だから、俺はこのままで充分幸せだよ。

優しい、優しい声を雨のように私に注いでくれる彼の瞳は、世界で一番澄んでいると思った。

レンは、優しいね。


「そう、かな…」
「そうだよ!それに双子だったら結婚できないしー」
「あははっそれは困る。私、レンが一番大好きだもん!」


痛む胸を抑えながらくしゃりと笑ってみせれば、嬉しそうにレンも笑う。

そうだよね。双子は、一つにはなれないし、別れが必ず来る。
そう思えば私達というのは、一番の理想的な愛の形なのかもしれない。

一つ。たった一つ。
私はレンで、レンは私。
永遠に一人じゃない、約束された愛。


でも。
やっぱり私は少しだけ、思ってしまうんだ。


「でも、ね、レン。例えば…さ、」
「うん。」
「もしも双子だったら、
私とレンはいつも一緒でね、何処に行くにも手を繋ぐの。」
「…うん。」
「夜は同じベッドで寝て、あったかいレンをぎゅうってして毎日眠るの。」


レンはきっと温かくて、優しい香りがするんだろう。
手を繋げば何処までだって歩けるような気持ちになって、腕を組めば私はきっと無敵で。

ハグだって、キスだって、いっぱいいっぱい、できるんだ。


「それでね、それでね、」
「リン。」
「……ごめんなさい」
「歌おう?」
「え?」


予想外の言葉に、首をひねる。
彼はいたずらに微笑み首を傾げながら、言った。


「ねえ、リン。触れられなくても、歌は届くよ。」


その言葉に、初めてレンと会った時のことを思い出す。
中々歌が上手くならない私に、声をかけてくれたのは、鏡越しの自分だった。
こんなにも自分の声は誰かとハマるものなのだと、誰かと歌うのはこんなにも楽しいのだと、初めて知った。
歌の楽しさを、レンが見つけてくれた。

たった一つ、言葉が、歌が。
私とレンを繋ぐもの。


「歌は響いて、空気を埋めて、きっと全部を音で満たせる。」

レンはゆっくりと、懸命に、私に語りかける。
近くて遠い世界の壁を、少しずつ壊していくように。


「抱きしめることも、一緒に眠ることもできないけど、俺はリンを、」


「歌で何よりも幸せにしてあげるから。」


レンがぽろりと涙を零した。
私の頬からもぽたぽたと涙が落ちていく。

悲しい、寂しい、愛しい、優しい。
分からない。
ただ、レンが好きで苦しくなって、レンが好きで幸せな気持ちになった。

入り混じる感情を吐き出す術を、私は知っている。


すうっ、とこの世界全てを取り込むように息を吸って、あちらの世界全てに響くように声をあげた。

繋がる、瞬間。

相変わらず触れた鏡は冷たくて胸が痛くなったけれど、それでも私は今、世界で一番満たされている。



***
1125(良い双子)の日記念


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