「ねえ、知ってる?」 片手をそっと"彼"にかざしながら語りかけると、ぴったりと合わさった手の平はひどく冷たかった。 鏡のように同じ動きをして見せた彼と私だけれど、これはただ私達の波長がたまたま合っただけ。 彼はすぐに手を離し、首を傾げながら「何が?」と私に問いかける。 まるで私達の"間"には何もないかのように。 ただ、私と彼は普通に話をしている。 私の意思に反したことを彼は平気でするし、そして彼の意思に反した感情もきっと私は持っている。 そうだ。 私と彼は違うんだ。 違う、んだ。 「………。」 「リン?ねえ、どうしたの?」 無意識に自分の首が彼と同じ方向に傾いていたことに気づき、心がそっと冷えていった。 不思議ね、私達。 喋る言葉も、声も思いも違うのに。 どうして体は鏡越し、繋がっているのかな。 「…今日ね。」 「うん。」 「良い双子の日、なんだって。」 「へ?…ああ、11月25日だからかあ。ははっ」 「うん。ミクちゃんが言ってた。」 上手いこと考えたよねー、なんて二人で笑い合ったけれど、すぐにまた俯いてしまう。 「リン?」 心配そうに私を呼ぶ彼の姿は、俯いていて見えないけれど。 どうせ彼も俯いているのだろう。 (たまたまなんかじゃないって、) 私だって、分かってるよ。 ねえ、レン。 「私も、レンと双子になりたかったな。」 胸のもやもやが唇から溢れだしたように、無意識に出た言葉。 気づけば口走っていた叶うはずのない願いに、ハッと我に返って顔を上げた。 あはは、レン、ひっどい顔。 私は今こんなに泣きそうな顔をしているのか。 「…リン。あのさ、」 たった一つ、私と違う動きをする彼の唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「俺は、リンと同じで、嬉しいよ。」 「……。」 「いつまでも繋がっていられるし、嫉妬することも、リンを嫌いになることもない。」 「俺の世界にはリンしかいないんだから。」 だから、俺はこのままで充分幸せだよ。 優しい、優しい声を雨のように私に注いでくれる彼の瞳は、世界で一番澄んでいると思った。 レンは、優しいね。 「そう、かな…」 「そうだよ!それに双子だったら結婚できないしー」 「あははっそれは困る。私、レンが一番大好きだもん!」 痛む胸を抑えながらくしゃりと笑ってみせれば、嬉しそうにレンも笑う。 そうだよね。双子は、一つにはなれないし、別れが必ず来る。 そう思えば私達というのは、一番の理想的な愛の形なのかもしれない。 一つ。たった一つ。 私はレンで、レンは私。 永遠に一人じゃない、約束された愛。 でも。 やっぱり私は少しだけ、思ってしまうんだ。 「でも、ね、レン。例えば…さ、」 「うん。」 「もしも双子だったら、 私とレンはいつも一緒でね、何処に行くにも手を繋ぐの。」 「…うん。」 「夜は同じベッドで寝て、あったかいレンをぎゅうってして毎日眠るの。」 レンはきっと温かくて、優しい香りがするんだろう。 手を繋げば何処までだって歩けるような気持ちになって、腕を組めば私はきっと無敵で。 ハグだって、キスだって、いっぱいいっぱい、できるんだ。 「それでね、それでね、」 「リン。」 「……ごめんなさい」 「歌おう?」 「え?」 予想外の言葉に、首をひねる。 彼はいたずらに微笑み首を傾げながら、言った。 「ねえ、リン。触れられなくても、歌は届くよ。」 その言葉に、初めてレンと会った時のことを思い出す。 中々歌が上手くならない私に、声をかけてくれたのは、鏡越しの自分だった。 こんなにも自分の声は誰かとハマるものなのだと、誰かと歌うのはこんなにも楽しいのだと、初めて知った。 歌の楽しさを、レンが見つけてくれた。 たった一つ、言葉が、歌が。 私とレンを繋ぐもの。 「歌は響いて、空気を埋めて、きっと全部を音で満たせる。」 レンはゆっくりと、懸命に、私に語りかける。 近くて遠い世界の壁を、少しずつ壊していくように。 「抱きしめることも、一緒に眠ることもできないけど、俺はリンを、」 「歌で何よりも幸せにしてあげるから。」 レンがぽろりと涙を零した。 私の頬からもぽたぽたと涙が落ちていく。 悲しい、寂しい、愛しい、優しい。 分からない。 ただ、レンが好きで苦しくなって、レンが好きで幸せな気持ちになった。 入り混じる感情を吐き出す術を、私は知っている。 すうっ、とこの世界全てを取り込むように息を吸って、あちらの世界全てに響くように声をあげた。 繋がる、瞬間。 相変わらず触れた鏡は冷たくて胸が痛くなったけれど、それでも私は今、世界で一番満たされている。 *** 1125(良い双子)の日記念 |