かぷ

□とりあえず目指すは引き分け
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さっきから視線がやけに突き刺さると思ったら、やっぱりカイトだった。
ちらりと振り向いても振り向いても未だに私を見つめる彼に溜息をつく。


「ちょっと。さっきから何なのよ。」
「…めーちゃん。」
「?」


カイトは不機嫌な子供のように膨れっ面で、呟いた。


「…良い夫婦の日が、何事もなく終わった件について。」
「は?夫婦?」
「良い夫婦の日!11月22日!」
「ああ、そういえば良い夫婦ね。それが?」
「………。」


ポッキーで騒いだら次は夫婦か。
日本人も中々に暇なものである。

カイトがそれ以上言葉を発しなかったので、私はかける言葉もなく立ちすくんだ。家事も終わったし。
とりあえず、何が嫌なのか分からないが不満そうな彼の隣にぽすりと勢い良く座る。


「めーちゃん…」
「で、何なの?どうしてそんな顔してるのよ。」
「だって、だって!」
「だって?」
「それに、良い(11)にーに(22)の日でもあるじゃん!なのに!」

「リンもレンも、めーちゃんも俺に何もしてくれない!」


ぷうっ と頬を膨らませるカイトに思わず言葉を失った。

えっと、と…とりあえず。


「カイト。」
「?」
「うざい」


そう言うとカイトは「ガーンッ!」なんて効果音が付きそうな顔をして、ふるふると震えた。
単純な男だ相変わらず。


「大体。リンレンはともかく私にまで何かを求めないでよ。兄とかいう関係でもないでしょう。」


同い年位じゃない、とも言おうとしたが自分の年齢とカイトの年齢を比べると悲しくなったのでやめた。

カイトはきょとんと目を丸くする。


「いや、めーちゃんは良い夫婦の方。」
「へえそうなん…だ…って、はあ!?」
「うん。夫婦。」
「あ、あんたと、」
「めーちゃんが。」


わあ満面の笑み。
私は何かツッコもうとしたのだが、言葉が上手く出てこない。
というか、むしろ、あの、ああもう!
自分の頬が熱くなっていくのが恥ずかしくてたまらない。


「ふっ、夫婦になんかなった覚え!ない!」
「えー?じゃあ今から夫婦になる?」
「ふざけんな馬鹿!」


やっと声を発したものの上擦ってしまい、悔しさと恥ずかしさでまた体温が上がっていく。
カイトもさすがに気づいているのか、ふやけた顔で私を見た。くそ、殴ってやる。
なんて思っていたけれど、頭より体の方が早かったようだ。
気付けばカイトは私の拳により軽く吹っ飛んでいる。


「痛いよめーちゃん!」
「だってあんたが、また馬鹿なこと言うから!」
「……嫌?」
「っ!い、嫌と、いうか、あの、」


私をジッと見つめる瞳に、大きく音を立てる心臓。
私だって子供じゃない。この症状の名前なんて、もう知っている。

くそ、にやにや見つめやがって。バカイトのくせに。

(今に見てなさいよ…)

大人らしく、大人らしく。
慌ただしく感情を動かしてコイツに振り回されるなんて悔しいじゃないか。
大人らしく、あくまで大人らしく、素直に、


「…カイト。」
「ん?」


よし上擦ってない。
息を少し整える。


「今日も考え方によっては、良い夫妻だし良い兄さんの日、でしょ。」
「!!」
「…私とあんたは夫妻なんかじゃないけど、そんなに寂しいなら、」


柔らかな青い髪を撫でて、きゅっと軽く抱きしめる。


「ちょっとは甘えても、良いわよ?」


耳元で囁けば、その耳が赤くなるのがよく見えた。
ふふふ、勝った。
我ながら良い感じに大人な態度だ。
しかもさりげなく話題をずらすことにも成功した。

見たかカイト!私ももう恋愛なんかに振り回されるような子供じゃないのよ!


「めーちゃん、」
「何よ。…ってカイト!?」
「甘えて、良いんでしょ?」
「…甘えるの範囲間違えないでよね。」
「大丈夫大丈夫、大好きだから。」


何が大丈夫なのよ。
なんて思いながらも、近づいてくるカイトの顔に、抵抗する感情もない私はそっと目を閉じる。

心臓がやけにうるさくて腹が立ったけれど、目を開けた時に見えたカイトのにやけ面(というかアホ面?)を見たら、もうどうでも良くなってしまった。
全く、子供みたいに嬉しそうに笑っちゃって。ほんと馬鹿ね。


「へへ、めーちゃん。大好き。」
「ありがとう。」
「…ここは"私も好きよ"って言う所でしょ?」
「ふふ、私の好きは軽くないの。」
「まあ、いいよ。これからこれから。」


これから?

彼の肩に頭を乗せて笑いあう、穏やかな時間はすぐに終わった。
相変わらず幸せそうにふやけた笑顔を浮かべて、彼は私を強く引き寄せる。

え、ちょっと?カイトさん?


「めーちゃん、折角だし、夫婦らしいことしよっか!」
「はあ!?ちょっとバカイト!」


前言撤回。やっぱりコイツは子供だけど子供なんて可愛らしいものじゃない。
ただの発情してる馬鹿だ!

でも残念ながらやっぱり私には、これに抵抗する理由も特に見つからないのだった。

こんな奴に恋した時点で、どうやら私の負けみたいだ。



***
11.23 良い夫妻の日記念


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