私は歌う為に生まれた。 マスターの作る音楽に触れ、色をつけるお手伝いをし、理想の世界を描いていく。 その為に、生まれた。 悲しいかな心を持ってしまった私達は、それでもマスターだけを愛するアンドロイドでいなくてはいけない。 それが存在意義だから。 マスターの望む歌を歌い マスターの望む偶像で有り続ける そうしなければいけないし、そうあるべきなのだ。 だって私達は歌う為に生まれ、歌を愛し、歌を与えてくれるマスターを愛する様に作られたのだから。 私は音楽の為に生まれた。むしろ私自身が音楽である。 少し寂しい、しかし正しい言い方をすれば、私達は"楽器"なのだ。 楽器は自身では意思を持たず、奏者の思いをそのまま全て取り込んで音にする。 従順で無害なアンドロイド。 だから、こんな思いは。 しまわなくてはいけない。 「ミク、新曲ができたんだ。見てくれるかい?」 「はいっマスター!」 「デュエットなんだけど…相手はルカにしようと思うんだ。」 「分かりました。」 マスターがくれる素敵な音楽。 私はそれを愛している。 幸せを胸いっぱいに感じながら、楽譜をデータに取り込む。 (ミクさん、いつか俺と一緒に、) 一瞬、彼の言葉が浮かんで胸がずきんと痛んだが、そっと頭の中から消した。 こんな気持ちは、捨てなくてはいけない。 「ミクの歌は本当にイメージぴったりで助かるよ」 「ありがとうございます!」 マスターに望まれた。私はボーカロイドとしての指命を、望みを果たし幸福を感じている。 はずなのに。 「それに比べて鏡音は。折角買ったのに、どうしようかなあ…」 「………。」 溜息まじりのマスターの言葉に、また胸にもやもやとした感情が溜まっていき喉が苦しくなった。だめだ、だめだ。 思い出すな。彼を思うな。 (早く俺も歌いたいなあ!) 「やっぱりGUMIを買えば良かったか…」 (ミクさん、ミクさん) 「でも男性ボーカルはやっぱり欲しいし」 (俺、自分なりに練習してるんです) 「もっと使いやすいやつに…そういえば、VY2も良さ気だな」 (いつかミクさんの隣に立てるように、) 「ああ、じゃあいっそ…」 「マスター!」 思い出しちゃいけないと思えば思う程浮かんでくる彼の言葉や表情が、マスターがこれから放つであろう言葉に重なるのが怖くて、思わず大声を出した。 びっくりしたように口をつぐみこちらを見るマスターに、私の体温が下がる。 「あ、あの、ここの譜面なのですが、」 「ああここか。それはこうやって…」 奮えを抑えながら何とか当たり障りのない言葉を投げかけた。 マスターはにっこり微笑み、分かりやすく譜面に線を引いてくれる。 ありがとうございます、と笑いながらも嫌な心臓のドキドキは中々収まってくれなかった。 だめだ、だめ、だめなのに。 好きとかそんな気持ち、ボーカロイドにはいらないのに。 彼の優しい笑顔や柔らかな髪や温かな体温が、私の胸を締め付けて。泣きそうになってしまった。 私はマスターだけを愛さなければ。音楽だけを愛さなければ。 余計な感情は、マスターの音楽の邪魔になってしまうのに。 (レンくん。) 彼が消えてしまったらと思うと、怖くてたまらない。 いなくなったらなんて思うだけで気が狂いそうで。 無償に彼に触れて、抱きしめてしまいたくなった。 マスターのくれる音楽。 それだけに生きていて、それだけで溢れていた世界。 そこに、いつの間にか彼が居座っていた。 私を呼ぶ彼の声、彼の存在が、どんどん大きくなっていく。 ごめんなさい。マスター。 不良品で、ごめんなさい。 必死に隠しても消そうとしても溢れてしまう思いに、どうすれば良いか分からなくなった。 「ミク、いつも本当にありがとう」 「マスター、大好きです。」 感謝をしてくれる優しいマスターに従順な笑顔を向ける。 嘘ではないのに幸せなのに、自分が嘘をついているような気分になって。 心の中で、また彼が柔らかく笑った。 (こうして歌う機械ボーカロイドは、初めて恋を知ったのです。) |