人を好きになる、というのはどういうことなんだろう。 現在進行形で恋をしている私だが、未だにこんなことを考えては答えが分からなくなってしまう。 好きだという思いは募って、募って。だけど大きくなれば届くわけでもなくて。 結局私の抱える好きは私の心の中だけでひっそりと、だけど確実に育っていって、行き場のないまま窮屈に苦しんでいる。 私はこの苦しみを「これが恋というものなんだ」と認識した。 それは嘘ではない。私は彼が好き、大好き。 だけど、でも、ねえ、人を好きになるってどういうこと? 苦しみとほんの少しの幸せのことを、人は恋と呼ぶのだろうか。 なんで私はこんなにも苦しいのに、この足は懲りずに彼にむかうのだろう。 好きだから?恋をしているから? 私は傷つく為に恋をしているの? 私はまた頭がぐるぐるして、ぐるぐるしながら走り出す。今日のレッスンは彼と、いや彼らと一緒だから。 急がなくちゃ。 どうして?だって早く会いたいじゃない。 幸せ?うん、だけどやっぱり胸が痛い。 それが恋なの?多分ね。 私は今のところ彼の代わりを考えることはできなくて、好きなところだってそりゃあたくさん思いつく。 だけど、その全てを満たす人に出会ったら?むしろ彼と全く同じ顔同じ性格同じ思い出をもったクローンが現れたら? 私はその人を好きになる? そういうわけにも、思えなくて。 人が人を好きになるって、こんな複雑で矛盾しているものなのだろうか。 頭の中で純粋に疑問を投げ掛ける自分と、それに感情で答える自分が入り乱れる。 そうこうしている内に今日のレッスンの場所である彼の家に着いて、ごちゃごちゃしていた心が一気に緊張と喜びに激しく音を立てだすのだから、やっぱり本能というか感情というものは、とても単純なものだ。 「いらっしゃいグミさん!」 「お邪魔しま、す。」 扉を笑顔で開けてくれた彼の顔を見た瞬間、今までの疑問なんて全て吹き飛んでしまった。 やっぱりとにかく好き!私は彼が、レンくんが大好き! 音を立てる心臓に気付かれないように顔いっぱいに笑ってみせ、家の中にお邪魔する。 屈託のない笑みを浮かべて私に何の警戒も意識ももたないレンくんに、嬉しいような悲しいような不思議な気持ちになった。 相変わらず広くてさっぱりとしているリビングにリンちゃんの姿はなく、私は思わず首を傾げる。 あれ?確かもうすぐ時間が… そんな私を見たレンくんが、頬を緩めてふわりと笑った。 その底抜けに優しい表情に、必死に抑えていた心臓がまた激しく動きだす。 どうして、こんな、レンくんは。 ずるいくらいに優しい目を、一瞬でも誤解しそうになるような目を、私に向けてしまうんだろう。 だけど、どうしようもなくときめいてしまう私の心に、レンくんは笑顔で毒を放った。 「今日の歌はリンじゃなくてミクさんが一緒なんです。」 ああ、なるほどね。最悪だ。 彼の表情の意味に納得し最悪だと思う気持ちと、友達であるミクちゃんを最悪だと思ってしまう自分が一番最悪だ、という気持ちが交互に襲ってきて、胸が刺されたように傷んだ。 もうすぐチャイムが鳴るだろう。 そして、レンくんの大好きな彼女がやってくる。 そう思うと何だかもったいないような焦ったような気持ちになって、私はそわそわとドアを見る彼の腕を引っ張った。 「ねえ、レンくん。」 「ん?」 「この前の私の新曲、聞いた?」 「ああ!うん聞いた聞いた!凄かったよぐみちゃん!」 ぱっと明るい表情になりこちらを振り返ったレンくんは、いつもの私に向ける笑顔で。 それに凄くほっとしたような、苦しいような気がした。 音楽でしか、彼の視線を奪うことができない。ずるい私。 こんなに色んな気持ちがごちゃごちゃと回るものなのだろうか、恋って。 「ぐみちゃんもすっかり大人気だね!」 「そ、そんなこと、」 「いや本当に!この前の曲、凄く好き。」 「…っ!」 好き、その単語に胸が大きく跳ねる。 ばかばか、私の単純!顔赤くなってたらどうしよう。 まあ確かに、最初に比べれば私はそこそこ評価されてきたとは、思う。 レッスンも頑張ったし、マスターの曲もどんどん成長している。 でも、ねえレンくん。 「どうして私が、こんなに頑張ってると思う…?」 「え?」 小さな声で呟くと、やっぱりレンくんは良く聞こえなかったのか首を傾げた。 私はなんでもないよ、と首を振る。 ちょうどその時、玄関のチャイムがなった。 レンくんが嬉しそうに顔をあげ(きっと無意識なんだろうけどそれが一番残酷だ)、玄関へと駆け出していく。 ああ、時間がきてしまった。 まるで12時の鐘みたい、なんて乙女チックなことを思ったけれど、私はハッピーエンドのシンデレラにはなれないからこの例えは間違ってるな、と自分の考えに自分で苦笑した。 ほら、パタパタと可愛らしい音を響かせてやってくる彼女こそが、 「ぐみちゃん!久しぶりだねっ!」 本物のお姫様。 |