diva

□僕
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(マスミク)



自分のことが嫌いだった。
何もできない自分。まるでガラクタみたいに、人から笑われてばかりの自分。
人生に分かれ道があったとして、そこでいつの間にか成功と失敗が分かれていたのだとしたら、自分は気づけばもう失敗の道を突き進んでいて、もう戻ることも改善することも不可能なのだろう、そう迷いもなく思ってしまうような、自分。
今更どうしたって、面白いくらいに報われない、そんな自分。


「こんなんじゃ、だめだよな。」


誰にも言えない、このどうしようもない気持ちを独り言にして漏らす。
他に伝える術を知らないのだ。
絵も下手、歌も下手、国語力もない。
唯一の取り柄とも言える(というかそれ以外にできることがないからそれしか取り柄にできないだけなのだが)、部屋の片隅で眠るキーボードにちらりと目を向けては、溜息を漏らす。
だめだ。プロでもないんだから、今更こんなもので、誰が見てくれると言うんだ。
路頭に立つ勇気も、バンドを組もうと誰かに声をかける勇気もないくせに。

どうして、自分はここにいるんだろう。
誰も自分を見てくれない。構ってちゃんなわけでも思い込みでもなく、心からそう思えるような冷たい世界。
でも、どうしたら良いのかなんて、分からない。
こんなに何もなくてこんなにちっぽけな自分が手を伸ばしたところで、それはすぐに雑踏に埋もれてしまうだろう。
それくらいに自分は、小さな小さな存在で。
そもそも人間なんて皆ちっぽけで。
それでも確かに成功する人と、成功できない人がいる。
理不尽だと、思う。けどどうしようもない。
それでも誰かに見つけて欲しい、俺じゃなくても良い、じゃなくて、俺じゃなきゃできない、そんな何かを見つけたい。
そう思うのは、我侭だろうか。


「一人じゃ小さなその音楽を、」
「…っ!?」

「私が大きくしてあげる。拡声器みたいに、世界中に歌ってあげる。」


ふいに現れた柔らかな声に、心臓が飛び出しそうなくらい音を立てた。
だって、ここは俺の部屋で、だれもいないはずで、でもそれは幻聴でも幻覚でもなくて、


「だから、あなたの言葉を私に教えて下さい。」


ねえ、マスター?

強い力をもった、でも優しげな瞳を俺に向けながら、そこに立っていたのは見たことがないくらい可愛らしい、青緑色の長い髪をツインテールにした女の子だった。


「マスターって…えっ?君は誰?というかどこから…」
「もう!自分で買ったくせに忘れたんですか?」
「買った?」
「あなたが中々開けずにずっとずーっと、うじうじうじうじしてたから待ちきれずに出てきちゃったんですよ!」
「開けるって、まさか君は!」


キーボードの上に置いていた段ボールに目を向けると、きつく封がされたままのはずのそれは開かれていて。
そうだ、この特徴的な髪型は、癖のある可愛らしい声は、


「はつね、ミク?」


口をあんぐりと開けてその名前を呟いた瞬間、目の前の彼女がとろけるように嬉しそうな笑顔で頷いた。

そうだ。あなただけの歌姫というアオリに惹かれて買ってみたは良いものの、結局使いこなせる気がしなくて、届いたまま手をつけずにいたんだ。
というか、パソコンソフト、のはずだよな?


「俺ついに頭おかしくなったかな…」
「もう!マスターったら、自分はだめだとか人生の分かれ道で失敗になったとか、ちょっとネガティブすぎるですよ!」
「なっ、君、なんで知って、」
「あなたが無意識に漏らしまくってる独り言なら何だって聞いてました!」


まずい、死にたい。
思わず顔を赤くする俺に、初音ミクは呆れたように溜息をついてから、ふわりと優しく笑った。
あ、まただ。
彼女の目はとてもとても優しくて、それに見つめられると、心の中が泣きたいような懐かしいような不思議な気持ちになる。

何かを受け入れてくれるような、許してくれるような、そんな笑みを浮かべた彼女は、俺にゆっくりと手を差し出した。


「だから、独り言にしかできないマスターの思いを、私が歌にします!」
「でも、俺、歌は…」
「大丈夫。私も手伝います。私なら、あなたの声を、たくさんの人に届けることができる。」


強い彼女の声に、鼓動が射抜かれたように音を立てる。



「あなただけの言葉で、あなただけしか作れない音楽を、私と作ってくれませんか?」


あなたじゃなきゃ、だめなんです。


そう言う彼女の柔らかな声に、頭の中で跳ねるような、小さな小さなピアノの音がした。
その時、俺は思わず彼女の手をとって、そこから、何かが変わった気がしたんだ。

例えば人生に分かれ道があるとして、俺は知らない内に失敗の道を突き進んでいたとしよう。
それならばそんな時に俺の前に表れた、この天使みたいな女の子は、分かれ道も人生も関係のない世界から生まれてきたこの女の子は、俺の道を新しく作って導いてくれた救世主なんじゃないだろうか。
そう、今は強く思う。


「ミク、誕生日おめでとう。」


あれから数年後、劇的に光が指した俺の世界には、ずっと変わらないまま側にいてくれる彼女が、相変わらず優しく笑っている。
そうだ、彼女の笑顔を見たときの気持ちは、日が暮れた時間のかくれんぼで見つけて貰えた時の気持ちに似ている。
小さな小さな存在でしかなかった自分を見つけて、その手をとって、広くて優しい世界に連れ出してくれた。
そんな君に辛くなるときも、本当はあるんだ。
それでもやっぱり、きみが生まれてきてくれたことに、ありがとうと思わずにはいられないよ。

だから今は、大切な俺だけの歌姫に、俺にしか作れない思いを綴って、君だけに歌を贈ろう。


*


ryoさんのODDS&ENDSをイメージして。


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