「レンくん、私ね、」 ーー子供が欲しいの。 そう呟いたミクさんの言葉に、普通だったら真っ赤になってドキドキと音を立てるはずの心臓が、全く高鳴らずにむしろ体温が静かに冷めていったのは、彼女の声があまりにも震えていたからだろうか。 だって、この言葉の裏にあるのは期待でも希望でもなく、どうしようもない現実への諦めという絶望だけ。 当たり前だ。だって俺達はボーカロイドだから。 何もかも機械仕掛けなこの体は、音楽以外の新しい命を生み出すことなんてできない。 別に、俺はそれでも良かった。 だってそんな体で、歌って心をもって、彼女を好きになれて、彼女に触れられて、側にいられる。 それだけでも十分に奇跡のような幸せで、俺は温かくて愛しいこの世界に、とても満足していたから。 彼女は違ったのだろうか。 ミクさんの顔色は、俯いていて見えない。 ただ弱弱しく俺の腕を掴んだ彼女の手が、ぎゅっと力を込められて、震えた。 ミクさん、泣いているの? 耳を塞ぎたくなるくらい苦しそうな声で、ミクさんはもう一度呟く。 空気のような、消えそうな小さな声。 「子供が、ほしい、」 大好きな彼女にそんな声を出さないで欲しいのに、泣かないで欲しいのに、きっと原因は俺で。 何を言えば良いのか分からなくて、俺はミクさんの俯いた頭にそっと唇を寄せて、彼女の背中をさすった。 「・・・どうして、そう思ったんですか?」 搾り出した声は自分でも驚くくらいにか細くて、胸がずきりと痛み出す。 ミクさんはやっと顔を上げて、揺れる瞳をこちらに真っ直ぐ向けた。 今にも零れそうなほど水を溜めたその瞳を見て、何だかとても悲しいなと感じた。 彼女が悲しそうだからか、自分が悲しいからか、いやきっとその両方だろう。 ただ二人の間を流れるどうしようもできないこの現実が、静かなこの空間が、とても悲しいものだと思った。 ミクさんは俺の頬にゆっくりと指先をつけて、そしてまた泣きそうな顔をする。 「永遠の証がね、欲しかったの。」 「あかし?」 「そう。私とレンくんがいた証、私がレンくんを、レンくんが私を好きだったっていう証。」 明日死ぬ人みたいな発言しないで下さい、と少しふざけたように言うと、ミクさんはほんの微かにだけ頬を緩めた。 「今すぐじゃなくて、未来に繋がる話。」 「未来・・・」 「あのね、私とレンくんが愛し合って生まれた子が、また色んな世界や時間を知って、たくさんのものを愛していくの。その子供にも子供が生まれて、そうしてずっと、ずっとずっと私達の好きって形から生まれたものが繋がって、広がっていく。」 「それって凄く素敵だなって、そう、思ったんだ。」 幸せな話を語るミクさんは、やっぱり泣きそうで。 たまらなくなって抱きしめると、ミクさんは一瞬驚いたように震えてから、また悲しそうに笑った。 目を閉じて、想像してみる。 二人の遺伝子が永遠に巡り続いていく、人間の世界。 確かに終わりのない命だけれど、永遠に続くとは限らない、俺とミクさんの世界。 形のないまま、いつか忘れられて、この世界から跡形もなく消えてしまう俺達。 でも、それでも、こんな体で生まれたことを、 俺は不幸だとは思わないんだ。 だって、ミクさんに出会えたから。 「ミクさん、好きです。」 「え?」 「大好きです。」 真っ直ぐに彼女の目を見つめて、言う。 ただ、好きです。大好きです。あなたが。ボーカロイドの初音ミクが。 ミクさんの表情がみるみる歪んでいって、ついに堪えきれなくなった涙が堰を切ったように彼女の頬をポロポロと伝いだした。 「大好きです、ミクさん。ミクさんが、好きなんです。」 「うん、うんっ・・・私も、大好き、大好きだよ」 彼女の涙を拭いながら、笑って見せようと思ったのだけれど、頬が引きつってしまって上手く笑えたのかは分からない。 やっぱり、悲しくて、空しいと感じる。 でもそう思えば思うだけ、それを何倍も上回る気持ちで、どうしようもなく愛しくなるんだ。 どうしようもない現実が。涙を流す、彼女が。 「ねえ、ミクさん」 明日になったら、少し二人で出かけましょう。 いっぱいいっぱい写真を撮って、部屋にいっぱい飾りましょう。 今まで歌った歌も、これから歌う歌も、全部楽譜を大事にとっておいて、増えてきたらCDにしてみたりして。 色んな人に聞かせてみましょう。 何年経っても劣化しないようにちゃんと油性ペンで、いっぱいラブレターとか、書いてあげます。 ああ、やっぱり恥ずかしいかもしれないけど・・・ でも、それが絶対、世界を、時間を巡っていくから。 だから泣かないで。 全ての思い出を、形にして、それを二人の子供、二人の宝物にしませんか? そう言うとミクさんは照れたように少し赤くなって、心から嬉しそうに笑ってくれた。 俺の大好きな笑顔で。 「レンくんって、ロマンチスト。」 「・・・うるさい」 「ふふ!そんな所も、大好きだよ。」 今はただ二人で歌っていよう。 祈りを込めて。 この一瞬が、永遠に変われますように。 |