かぷ2012

□君は魔法使い
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あ、まただ。
また音を外してしまった。

練習、足りなかったかな。


「ご、ごめんなさいマスター!」
「良いよ良いよ、もう一回やろうか」
「はい。」


流れてくるメロディに息を吸い込み歌いだす。
しかし、また同じ所でつっかえてしまった。

私が慌ててマスターに頭を下げると、いつもの優しい笑顔のままで私の頭を撫でるマスターは、迷うように宙を見ながら言う。


「うーん…やっぱりこの歌はミクには合わなかったかな?」
「っ、そんなこと、」
「大丈夫。ミクが悪いんじゃないよ、ごめんね。」


じゃあここのコード進行を少し変えて歌詞を…
楽譜を見ながらぶつぶつとそう呟くマスターに笑いかけながら、私の世界はぐわんぐわんと警笛を鳴らして揺れていた。早まる心臓で胸が痛い。
分かっている。マスターはちっとも怒ってなんかいない。とても優しいから。
私の為に曲を変えて、私に合った歌を作ってくれてる。優しい人。
だけど。


(だって、だって私、ボーカロイドなのに。)


マスターの作ってくれた音楽が、考えられていた世界が、私のせいで変わっていく。そんなの耐えられない。
これは私のプライド?それとも、罪悪感?


(ごめんなさい。)


マスターが楽譜にペンで印をつける度、私の心もぐちゃぐちゃになっていくような気がした。
白い紙が汚れていくのが許せない、潔癖にも似たこの気持ち。

もっと完璧に歌わなくちゃ。
私が歌を壊してどうする。


「マスター、今のままで大丈夫ですっ!私いっぱい練習しておきますから!」


震える声を必死で抑えながら顔いっぱいに笑ってみせた。
なのに、マスターは悲しそうに顔を歪める。

どくん、と心臓が跳ねた。
どうしてマスターはそんな顔をするの?


「ミク、無理しないで良いんだよ。」


無理?無理ってなんですか?
私、まだまだ、頑張れるのに。


「ミクと一緒に合った曲を作れる方が、僕も嬉しいから。」


嫌なんです。
私、だって、マスターの曲が好き。そのメロディ、本当に素敵なんですもの。
胸の痛みを抑えながら、それでも私は笑う。

結局、ただ私は弱いのだ。
怒られるわけがないのに私のせいで曲が変わることを恐れ、嫌われるわけがないのに逆らうのを怖がり、それでも失敗して彼の思い通りにできない私。

ゆらり、また世界が歪んだ。
泣いているわけではない、ただ目眩がした。自分の不甲斐なさに心臓が悲鳴をあげて痛む。

悲しい、悔しい、恥ずかしい。
どうして私は、ああ私はなんでうまくできない、私は、私、


「マスター。」


発作のように鎮まらない焦りにばくばくと犯された世界で、凛とした声が響いた。
静かで、でも確かに響く声。
私の大好きな声。


「俺がコーラスで入って良いですか?」
「え?」
「多分ミクさんの苦手な低音もカバーできるし、ハモリがあった方がこの曲がもっと柔らかくなると思って。」


こちらに歩み寄ってきたレンくんは、マスターの隣に立って他にも色々と意見を言う。
私じゃ絶対にできないこと。
考え込みながら頷くマスターが楽譜にペンを伸ばした瞬間、レンくんがその手を掴んで笑った。


「書かなくて大丈夫です、一回聞いてみてくれますか?」
「それじゃあ…良いかなミク?」
「は、はいっ!」


こちらを見たレンくんが、ふにゃりと笑みを漏らして私の頭を撫でる。
それだけで胸の中がすっと軽くなったような気がした。


「レンくん、」
「大丈夫、ちゃんと分かってます!マスターの曲の雰囲気は崩しませんから」


ミクさんはこのままの曲が大好きなんですもんね、とレンくんは笑う。
その言葉に、なんだか泣きそうになってしまった。
どうして、彼はこんなにも私を分かってくれるのだろう。
いつも私を、上手くできない私の気持ちを、上手に広げて皆や私に見せてくれる。

レンくんが私の服を引っ張り歌いましょうと言ったので、私はもう一度息を深く吸い込んだ。

(あ…。)


上手くいった。

私の声に寄り添うようにレンくんが伸びやかに歌い、それに寄り添おうとすることで私の歌も自然に口から流れていく。
不思議だ、あんなに躓いていたのに。

レンくん、魔法使いみたい!


「うん、良い感じだよ二人共」
「ほんとですか!?」
「俺とミクさんなんだから当たり前ですっ」


にこやかに笑ったマスターに、思わず弾んだ声をあげる。
そんな私の腕を組んで、レンくんも勝ち誇ったように無邪気に笑った。
それでも顔をあげて私を見る彼の目は優しげで、その少し大人っぽい表情にどきりとする。
なんていうか、ほんと。


「レンくんは凄いなあ…」


子供らしくて可愛いのに、きちんと大人の目線を持っていて。
可愛い弟なのに、たまに頼りになるお兄さんみたいで。

私が思わず呟くと、レンくんはきょとんとしてから、優しい優しい笑顔で笑った。
ほら、その表情!
いつから彼はこんなに、優しい目をするようになったんだろうか。
いつの間に、こんなに、格好良くなっていたのかな。

私の中のレンくんが、もう可愛い弟でも頼りになるお兄さんでもないことは、自分でも良く分かっていた。


「違います、ミクさんの歌が素敵だから俺も楽しく歌えたんですよ。」


そうさらりと言ってのけるレンくんに、胸の中に甘い痛みが広がっていく。
レンくんは本当にどこまでも私を大切にしてくれるんだ。
そして、私は知っている。
レンくんはこのいつもと違う優しい瞳を、大人らしい笑い方を、私にしか向けないことを。
自意識過剰なんかじゃない。分かるの。
だって、私は、レンくんのその瞳に恋をしたから。

私に恋する、あなたに恋をした。


「ねえ、レンくん。」
「何ですか?」
「もう一回、歌お?」
「…!はい!」


レンくんの温かい手をとって歌う。
心が弾んで、幸せが歌声になって私から溢れていく。

ああ、もう、やっぱりレンくんは私の魔法使いだ。
あなたがいれば、いつだって輝ける。
誰よりも幸せに歌うことができるんだもの!



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