彼の世界の半分はリンちゃんでできている。いや、八割くらいかもしれない。 そうして残りは歌と、マスター。 ああ、いやだな。 「ミクさん?」 私の目を見る彼の瞳に、傾けた首筋に、サラリと揺れた髪の毛に、私の心が奮えた。 ねえ、私。 マスターから教わった恋の歌はどれもキラキラしていて、幸せな歌だったのに。 本物の気持ちはこんなにも、 「それでこの前リンがー」 (やだ。) 「マスターがまた新しい曲をくれたんです!」 (いやだ。) 「いつか"俺達"もミクさんくらい素敵な歌を、」 (やめて。) 本当の恋は、私の気持ちは、とても、とてもとても汚かった。 誰もレンくんに触らないで。 レンくんの世界で歌わないで。 レンくんを見つめないで、名前を呼ばないで。 誰も、私と彼の世界を離さないで。 「レンくん、」 ぐちゃぐちゃとした色々な感情が溢れそうになったけれど、零れたのはたった一つ彼の名前だけだった。 だって悲しみも不安も怒りも幸せも、全て根本は彼なんだもの。 なんですか?と笑うレンくんの温かい頬を両手でそっと包むと、彼は驚いたように少し顔を赤らめる。 ああ可愛い。 いっそのこと、 (全て壊してしまえたら。) そしたらレンくんは、私の世界にずっと、ずっと、存在していてくれますか? …なんて。 「そんなこと、できるわけ、ないじゃない。」 「へ…?って、ミクさん!?」 私が小さく呟くといきなりレンくんが慌て出したので何事かと思ったら、自分の視界がひどく歪んでいることに今更気づいた。 ああ、苦しい、苦しいよレンくん。 恋はもっと綺麗な世界だと思っていたのに、どうして私はこんなに辛いの? 「いたい、いたいの、」 「痛い?どうしたんですか!?何処が痛いんですか?」 「レンくん、いたいよお…」 子供のような声を出せばレンくんがオロオロと頭を撫でてくれるのが申し訳ないけど嬉しくて、そのまま私は感情に体を任せてポロポロと泣いた。 だってさ、漫画の世界じゃあるまいし。 私がレンくんを監禁したり食べちゃったりレンくんを独り占めしようと殺しちゃったり、みたいに狂うことなんて、現実的に考えてできるわけないのだ。 ありえないし、勇気もない。 そんなことは十分に分かっている。 ただどうしようもできないまま、悲しくなるだけ。 異常なわけではない、だけど普通じゃないこの気持ち。 レンくん、笑って、笑わないで。 レンくん、幸せになって、幸せにならないで。 一人の人間という存在の何もかもを独り占めするなんて、不可能なの、そんなこと分かってるの。 でも、私、私は。 「レンくん、レンくん、ごめんね。」 「ミクさん、泣かないで下さい…」 「ごめんねごめんね、大好き」 「…俺も、です」 違うんだよ、私の好きは友達の好きじゃないんだよレンくん。 どこか苦しそうな彼の声を聞くとまた愛しさが募って、胸がずきずきと痛んだ。 レンくんが私の頭を撫でる。 温かい手が私を包むのを感じながら、いっそ歪めるような愛を持てた方が幸せになれたのかもしれないな、なんて思った。 純粋じゃない、病気でもない。 だけど何よりも深く私は彼を思っている。 好きだよ、好きなんだよレンくん。 ねえ、どこにもいかないで。 |