「ミクさん…」 目の前で3袋目のお菓子に手を伸ばした彼女を見て、さすがに溜め息が洩れた。 ミクさんは一瞬きょとんとしてから、すぐに不機嫌そうに顔をしかめる。 「良いじゃない!今日は食べるって決めたんだからっ!」 「はあ、そうですか。」 「レンくん冷たいー!」 「はいはいよしよし」 適当に笑いながら彼女の頭を軽く撫でると、ふにゃりと笑い頬を寄せられた。ああもう可愛いな! 可愛い、けれど。 (ここで俺はどうしろと?) 辛いのを隠して笑おうとするのが、ミクさんの嫌な所だ。 そう言って俺は、もっと頼って下さいって、一人で泣かないで下さいって、確かにそう告白した。 だから今日、落ち込んだ様子のミクさんから会いたいとメールが来た時は、不謹慎だが嬉しかったんだ。 でも、肝心の彼女は悩みを言うでも泣くでも怒るでもなく、ただ黙々と俺の前でお菓子を貪っている。 ヤケ食いなんだろうか。 「ミクさん、何か悩みがあるなら言っ、」 「ふぇ?はんかひっは(何か言った)?」 「…食べ終わってから喋って下さいよ」 「へへ、はーい」 何か聞き出そうとしても、これだ。 ただただ美味しそうに、夢中で食べている。 まあ、嬉しそうな顔をしてお菓子を食べるミクさんはそりゃ可愛くて、むしろ俺の方が癒されているのだけれど。 呼び出された雰囲気が雰囲気なだけに、何だか居づらいと言うか戸惑うというか… 「レンくん、食べないの?」 「え?あ、ああ。頂きます。」 「はい、あーん!」 「はいはい、あーん…ってミクさん!?」 思わず反射的に開けてしまった口を手で隠すと、ミクさんはけらけらと笑った。 「あはは!レンくん顔真っ赤!かわいいー!」 「い、いきなりこんな子供みたいな、」 「…リンちゃんにはやってる癖に?」 「っ!それは、その!」 「照れなくても良いのに、まったく!可愛いんだから!」 そんなのいつ見られていたんだ、何て思うともう恥ずかしくて、カッコ悪いなんて分かっているのに顔がどんどん熱くなっていく。 リンのは何ていうか、昔からだからもう癖というか…ああもう、本当に何なんだミクさんは! もしかして本当にただのお菓子パーティーに招待されただけ? いやそんなまさか。 手で扇いで必死に熱を冷ます俺の頬を、ミクさんはツンツンと突っついた。 …随分ご機嫌なようで。 「えへ、レンくーん。ふふふ」 「お酒入ってます?」 「ひっどーい!飲んでないよ!」 じゃあ何でそんなにふにゃふにゃしているんだ。 苦笑しながら溜息をつくと、急に俯いたミクさんは、しみじみと言った。 「いやあ、やっぱりレンくん癒されるねえ!」 「へ?ど、どうも…?」 「ほんとはね、ちょっと悲しくて、メールしたの。」 弱々しい彼女の声。 やっと悩み相談かと身構えた俺が顔をあげると。 ミクさんは優しい目をして、笑っていた。 「でもね、何か、レンくんに会った瞬間に吹っ飛んじゃった。」 「…本当に?」 「うん。レンくんといるとドキドキして、悩みどころじゃないんだもん。」 えへへ、と笑う彼女に胸がきゅっと締め付けられる。 やばい、可愛い。 「ああもう、敵わないなあ、」 「へ?…わわっ!」 思わず立ち上がって彼女を抱きしめると、ミクさんは驚いたようにこちらを見た。 それでも背中に手を回して、引き寄せてくれる彼女が嬉しい。 「ミクさんが可愛すぎて、ほんと放っておけなすぎて、困っちゃいます。」 「…レンくんあったかい。」 心の底から出る声はこんな感じなんだろうな、なんて思える程ミクさんの声は温かくて、安心感に溢れていて。 どうしようもなく愛しくなる。 「ああっ立たないで下さい。」 「どうして?」 「その…えと、」 俺にもっと寄ろうと腰を浮かせたミクさんを、腕でそっと制した。 首を傾げる彼女に、顔を背ける。 だって、あれだ。この体制は中々、新鮮で良い。 俺より低い位置に、ミクさん! 何て良い眺め。バカイトはいつもこんな風にミクさんを見られるのか、羨ましい。 そう、立ったら残念ながら、ミクさんを俺が見上げる形になる。 「すぐに追い越しますから、待ってて下さい。」 「…ああ、そういうこと!」 言いたいことを察してくれたのか、ミクさんはにやにやと俺を見た。 「ほんと、レンくんは可愛いねえ!」 うるさい。 可愛いのはどっちだよ何て思いながら彼女を睨みつけると、ミクさんはその綺麗な瞳をありったけ注いで俺を見つめた。 「レンくん、ちゅー。」 子供みたいに舌ったらずな言い方に、また思わず溜息。 ああもう、ずるいよミクさんは。 甘い香りのする彼女の唇にぎこちなく自分の唇をつけると、開いた口から一気に甘さが回ってきた。 「…あま。」 「ふふ!良いでしょ!」 中々良いです、なんて言えなかったけれど、その代わりにもう一度キスをしたら、彼女は満足気に笑った。 「いやあ、やっぱりレンくんは良いねレンくんは」 「そうですか良いですか。」 「うんっ!もう一家に一台欲しい位だよ!」 「残念ながら在庫は一つしかありません」 そう笑うとミクさんは得意げな顔をして。 「じゃあ世界に一つのレンくんは私が独り占めしちゃうもんね!」 いや、まあ、その通りだけど。 彼女の痛みを分かる存在になりたい。 でも、彼女が俺といて、悲しみさえ忘れてくれるなら。 そりゃあ、そっちの方が良い。 どちらかっていうなら、やっぱりミクさんには笑っていて欲しいのだ。 笑ってるミクさんは、可愛い。 またお菓子に手をつけ始めた彼女に呆れながらも、そっと頭を撫でてやった。 彼女が寄り掛かれる位大きくなれるまで。俺はせめて、彼女に笑顔をあげたい。 |