かぷ2012

□君への思いはやっぱり甘い
1ページ/1ページ



「ミクさん…」


目の前で3袋目のお菓子に手を伸ばした彼女を見て、さすがに溜め息が洩れた。
ミクさんは一瞬きょとんとしてから、すぐに不機嫌そうに顔をしかめる。


「良いじゃない!今日は食べるって決めたんだからっ!」
「はあ、そうですか。」
「レンくん冷たいー!」
「はいはいよしよし」


適当に笑いながら彼女の頭を軽く撫でると、ふにゃりと笑い頬を寄せられた。ああもう可愛いな!
可愛い、けれど。


(ここで俺はどうしろと?)


辛いのを隠して笑おうとするのが、ミクさんの嫌な所だ。
そう言って俺は、もっと頼って下さいって、一人で泣かないで下さいって、確かにそう告白した。
だから今日、落ち込んだ様子のミクさんから会いたいとメールが来た時は、不謹慎だが嬉しかったんだ。

でも、肝心の彼女は悩みを言うでも泣くでも怒るでもなく、ただ黙々と俺の前でお菓子を貪っている。
ヤケ食いなんだろうか。


「ミクさん、何か悩みがあるなら言っ、」
「ふぇ?はんかひっは(何か言った)?」
「…食べ終わってから喋って下さいよ」
「へへ、はーい」


何か聞き出そうとしても、これだ。
ただただ美味しそうに、夢中で食べている。

まあ、嬉しそうな顔をしてお菓子を食べるミクさんはそりゃ可愛くて、むしろ俺の方が癒されているのだけれど。
呼び出された雰囲気が雰囲気なだけに、何だか居づらいと言うか戸惑うというか…


「レンくん、食べないの?」
「え?あ、ああ。頂きます。」
「はい、あーん!」
「はいはい、あーん…ってミクさん!?」


思わず反射的に開けてしまった口を手で隠すと、ミクさんはけらけらと笑った。


「あはは!レンくん顔真っ赤!かわいいー!」
「い、いきなりこんな子供みたいな、」
「…リンちゃんにはやってる癖に?」
「っ!それは、その!」
「照れなくても良いのに、まったく!可愛いんだから!」


そんなのいつ見られていたんだ、何て思うともう恥ずかしくて、カッコ悪いなんて分かっているのに顔がどんどん熱くなっていく。
リンのは何ていうか、昔からだからもう癖というか…ああもう、本当に何なんだミクさんは!

もしかして本当にただのお菓子パーティーに招待されただけ?
いやそんなまさか。

手で扇いで必死に熱を冷ます俺の頬を、ミクさんはツンツンと突っついた。
…随分ご機嫌なようで。


「えへ、レンくーん。ふふふ」
「お酒入ってます?」
「ひっどーい!飲んでないよ!」


じゃあ何でそんなにふにゃふにゃしているんだ。
苦笑しながら溜息をつくと、急に俯いたミクさんは、しみじみと言った。


「いやあ、やっぱりレンくん癒されるねえ!」
「へ?ど、どうも…?」
「ほんとはね、ちょっと悲しくて、メールしたの。」


弱々しい彼女の声。
やっと悩み相談かと身構えた俺が顔をあげると。

ミクさんは優しい目をして、笑っていた。


「でもね、何か、レンくんに会った瞬間に吹っ飛んじゃった。」
「…本当に?」
「うん。レンくんといるとドキドキして、悩みどころじゃないんだもん。」


えへへ、と笑う彼女に胸がきゅっと締め付けられる。
やばい、可愛い。


「ああもう、敵わないなあ、」
「へ?…わわっ!」


思わず立ち上がって彼女を抱きしめると、ミクさんは驚いたようにこちらを見た。
それでも背中に手を回して、引き寄せてくれる彼女が嬉しい。


「ミクさんが可愛すぎて、ほんと放っておけなすぎて、困っちゃいます。」
「…レンくんあったかい。」


心の底から出る声はこんな感じなんだろうな、なんて思える程ミクさんの声は温かくて、安心感に溢れていて。
どうしようもなく愛しくなる。


「ああっ立たないで下さい。」
「どうして?」
「その…えと、」


俺にもっと寄ろうと腰を浮かせたミクさんを、腕でそっと制した。
首を傾げる彼女に、顔を背ける。

だって、あれだ。この体制は中々、新鮮で良い。
俺より低い位置に、ミクさん!
何て良い眺め。バカイトはいつもこんな風にミクさんを見られるのか、羨ましい。
そう、立ったら残念ながら、ミクさんを俺が見上げる形になる。


「すぐに追い越しますから、待ってて下さい。」
「…ああ、そういうこと!」


言いたいことを察してくれたのか、ミクさんはにやにやと俺を見た。


「ほんと、レンくんは可愛いねえ!」


うるさい。

可愛いのはどっちだよ何て思いながら彼女を睨みつけると、ミクさんはその綺麗な瞳をありったけ注いで俺を見つめた。


「レンくん、ちゅー。」


子供みたいに舌ったらずな言い方に、また思わず溜息。
ああもう、ずるいよミクさんは。

甘い香りのする彼女の唇にぎこちなく自分の唇をつけると、開いた口から一気に甘さが回ってきた。


「…あま。」
「ふふ!良いでしょ!」


中々良いです、なんて言えなかったけれど、その代わりにもう一度キスをしたら、彼女は満足気に笑った。


「いやあ、やっぱりレンくんは良いねレンくんは」
「そうですか良いですか。」
「うんっ!もう一家に一台欲しい位だよ!」
「残念ながら在庫は一つしかありません」


そう笑うとミクさんは得意げな顔をして。


「じゃあ世界に一つのレンくんは私が独り占めしちゃうもんね!」


いや、まあ、その通りだけど。

彼女の痛みを分かる存在になりたい。
でも、彼女が俺といて、悲しみさえ忘れてくれるなら。
そりゃあ、そっちの方が良い。
どちらかっていうなら、やっぱりミクさんには笑っていて欲しいのだ。

笑ってるミクさんは、可愛い。
またお菓子に手をつけ始めた彼女に呆れながらも、そっと頭を撫でてやった。
彼女が寄り掛かれる位大きくなれるまで。俺はせめて、彼女に笑顔をあげたい。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]