扉を開けて家に入った瞬間、むわんと甘い香りが広がった。 「めーちゃん、めーちゃん」 「なあに?」 「この家すごくチョコの匂いがするね。」 「ああ、さっきまで双子が作りながら騒いでたから」 ミクちゃんにあげるんだ、と二人して張り切ったは良いものの、粉はこぼすわ器具の扱いは雑だわで大変だったらしい。 普通レンは貰う側なのにねえ、と何処か上機嫌なめーちゃんは小さく笑う。 「ふーん。」 (なんだ、めーちゃんが作ってたわけじゃないのか) なんて思いながらも、俺はにやりと隣の彼女を見た。 思ったことをすぐ口にするのはあんたの悪い癖だ、なんてめーちゃんはよく言うけれど、それも俺の特権である。 「ねえ、めーちゃん、」 「ん?」 「俺に愛の手作りチョコは?」 きょとんとする彼女を見つめながらにっこりと笑った。 俺の経験上、めーちゃんは顔を真っ赤にして驚いてから、馬鹿じゃないのと鋭い拳を俺に繰り出すはずだ。 もちろん痛いのは嫌だけど、赤くなるめーちゃんは可愛いからついついからかってしまう。 体を強張らせ固まっためーちゃんに、つい頬が緩んだ。 だけど。 「あるわよ。」 …え? 俺の方には目も向けずさらりと言っためーちゃんに、今度は俺がきょとんと首を傾げる。 「め、めーちゃん?」 「何よ。いらないって言うの?」 「いやむしろ欲しいけど何か今日素直…」 「私はいっつも素直よう!」 どん、とめーちゃんがタックルをかましてきて、床に尻餅をついた。 痛いなんて思う暇もなく、目の前に迫った彼女の顔に頭が真っ白になる。 ああ、めーちゃん、こっち見なかったから分からなかっただけでやっぱり顔赤いね。 じゃなくて! うん。これ。 絶対飲んでる! 「うわあチョコの匂いで気づかなかったけどめっちゃ酒くさいこの子!」 「うるさいわねえ…」 「いやいや何で昼間っからこんなになるまで飲んでるの!」 危ないでしょ!と強めに注意しても、めーちゃんは子供のように大きな声で返事をしながらヘらへらと笑った。 珍しい、めーちゃんが昼間からこんなになるなんて。 いやまあ昼間からお酒は普通に飲んでるけど、元々強い方だし酔っ払うのなんて夜遅くか行事の時くらいなのに。 「…でえ?私のチョコ、いらないの?」 「いる!けど、めーちゃん大丈夫?とりあえず休、」 「いいから食え!」 ふにゃりとだらしない声音をあげたかと思うといきなり勢いよく胸板を叩かれ、むせそうになる。もうやだこの酔っ払い。 それでもとろんとした目のめーちゃんはとっても可愛くて、いやめーちゃんはいつも可愛いんだけど…というか馬乗りはさすがの俺も動揺しちゃうなあっていうか可愛いめーちゃん酒臭いけど可愛い、いやとりあえず落ち着こう俺。 めーちゃんはそんな俺に構わずまた嬉しそうに笑った。 「ん、チョコ。」 「…え?」 「はい、食べて」 「え、いやいや、あのさすがにこれは、」 「食べてよお」 相変わらず俺の足に跨がったまま顔を近づけるめーちゃんは、チョコを口にくわえてこちらを見つめてきた。 いつもの態度からは考えられないその表情に熱くなった頭がさらに沸騰する。 「めーちゃん!そろそろ怒るよ!」 「何、嫌なの?」 「嫌っていうか…」 「ねえ、カイト、好き。」 俺の大好きな声が耳元で響いた瞬間、何かが外れる音がした。 彼女の柔らかい唇に被りつき、口の中でチョコを溶かす。 甘ったるい味と微かに広がるアルコールに、心が酔っていく。 「ふあっ、ん…」 「めーちゃんが悪いんだからね。」 そう言いながら彼女の肩に手を回すと、めーちゃんが頬を緩ませてふわりと笑った。 ああもう、いつもは大人びている癖に、やっぱりめーちゃんは可愛いのだ。 「へへ、おいしい?」 「うん。凄い甘い。」 やったあ、と可愛らしく微笑むめーちゃんの口をもう一度ふさいでやりたかったのだけれど、髪を撫でた瞬間めーちゃんは体を俺の方に倒して動かなくなった。 「…ああ、そこで寝ちゃいますか」 素直で可愛いめーちゃんをもっと堪能したかったのになんて思ったが、感じる温もりが愛しくて幸せで堪らないので、もうこれだけで良い。 嘘、ちょっとだけ生殺しだ。 でもまあ、酔ってるめーちゃんというのも確かに興奮するけど、それを襲うのも何だか申し訳ないし。 理性はきちんと持たなければ。む、無理かもしれないけど! ちゃんと、大事にしてあげたいんだ。 「大好きだよ」 柔らかく光を反射する髪をゆっくり撫でてから、無防備な彼女のおでこにそっとキスをした。 全く、昼間っからこんななっちゃって、ほんと危なかっしいんだから。 俺がちゃんと見ててあげないと、心配でたまらないよ。 他の奴の前で酔わないように、可愛い姿を見せないように、俺が守ってあげなくちゃ。 |