かぷ2012

□ピエロ
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あと少しで、サーカスが終わる。

(今日も疲れたなあ、)

首を軽く横にするとボキボキと景気が良いんだか悪いんだか分からない音が響いた。

熱狂的な声をあげる観客に、こちらまで心臓を弾ませながら私は走り出す。

もう少しで、サーカスが終わる。
それまで少しでも誰かに、幸せな時間を与えられますように!


「さあて、お次は当サーカスの人気者!美しきブランコ乗りと、玉乗りピエロの登場です!」


わあっと一際大きい叫び声を上げて、立ち上がった彼らは狂ったように拍手をした。
美しく舞うブランコに目を奪われながら、やってきたピエロに大きな笑い声をあげる。


「よっ、ドジッコピエロ!転ぶなよー!」


そんな誰かの声に、客席が更にどっと笑った。
勢いよく玉に飛び乗って不安定に揺れてみせる、こんなものはさすがにもうお手の物だ。


「ふんふふーんっ」


下手な歌を口ずさめば、観客が馬鹿なものを見るような目で頬を緩ませた。そうそう、もっと笑って良いんだぞー
色とりどりの玉を投げては乗っかり、また投げて。

美しい少女の空中ブランコと滑稽なピエロのアンバランスさに、サーカス特有の雰囲気が広がる。
そうだ私達は見世物。
それで良い。みんなが笑ってくれてるなら!


(…あれ?)


ふと見つけた小さな少女。
両親と思われる人の服の裾を強く掴みながら、不安げに上を見上げていた。

ああ、よくいるタイプの子供だ。

サーカスは大人の遊園地。
見世物を笑いに変える、何処か歪んだ場所。
純粋な子供にとって、それはとても怖くて異常なものなのだ。


「ブランコ、落ちちゃいそう…」


小さな口を震わせたその声を、私は聞き逃さなかった。
パパもママもサーカスに夢中で気づかない。

でも大丈夫、大丈夫だよ。


「おっとっと、わあ!」


おおげさに声をあげてボールから転げ落ちれば、大人達は待ち焦がれたように手を叩いて笑い出した。
少女も肩をびくっとさせて、驚いた顔で上空からこちらへ目線を移す。

わざとらしい大声で私は叫んだ。


「また落ちちゃった、よおし、もう一回!」


ぴょんっとボールに飛び乗って、また派手に転げ落ちる。
コメディー映画のように惨めな転び方を披露しては、何事もなかったようにへらへらと笑う。


「うわあ!もうっなんなんだこの玉は〜!」


ぷんすかと顔を真っ赤にしてボールを投げとばすと、バウンドしたボールが私の顔に直撃した。
目を回してふらふらと辺りをさ迷えば拍手と笑い声が起こる。


「…ふふっ変なピエロさん!」


泣いていた少女もブランコから目を離し、私を見てくすくすと笑い出した。
当たったボールは見た目よりもずっと痛かったけれど、そんな笑顔を見ると私の心まで軽くなる。


(ほら、笑顔になれたでしょ)


大丈夫、大丈夫。
泣かなくても大丈夫だよ。
私も、痛くないから、大丈夫だから。


「うそつき、」

「え?」


何処からか低い呟きが聞こえた気がして視線を声の方に向ける。
すると、そこには。


君がいた。


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