ロング

Alice in Motherland
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それは、奇妙な感覚だった──。
腹立たしいとか憎らしいとか、そういった負の感情では決してないのだが。
かと言って手放しに喜べるような事でもない。

何故なら彼は、この世のモノならざる者──『制圧せし氷の覇王』という、産まれながらにして壮絶かつ過酷な宿命を背負っていたからだ。

その絶大過ぎる力を抑えるため今はヒトの姿を借りてはいるが、人間というものは存外不便なものだ。
ヒトの姿形をしているからには、この世界に蔓延るヒト──有象無象と同じような出で立ちをし、同じように振る舞い、そして同じように生活していかねばならない。

いつか自らの手でこの世界を、手中に収めるまでは。
ヒトとして日常を過ごしているのも、その野望のための第一歩に過ぎない。

とはいえこの姿では自慢の漆黒の翼で空を自在に飛ぶ事も叶わず、身体の隅々に刻まれた刻印に秘められた超魔力で森羅万象を、さしては未来を予知する事すら出来ない。
だから今、彼は自宅からその足でここまで歩き、街の中で妖しい光を放つ盤面──電光掲示板で現在の時刻を確認していたのだ。


「……12時20分、か」


人間の器を借りているとはいえ、その体格は通常のヒトのそれよりも逞しく、恰幅が良い。
そしてその体躯から吐き出される声は、やはり想像に違わず低く、威圧感がある。

──今、無人のバス停に独り佇み、仁王立ちをする男。
彼の名は田中眼蛇夢。
この男こそがのちに全宇宙を蹂躙し、混沌と闇に満ちた暗黒世界を創り出す『氷の覇王』その人であった。


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