ロング

笑って、笑って。
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「とまあ、そういうワケなのよ」
「そっかぁ…。石丸君が夏休みも江ノ島さんに付きっきりで、補習のお手伝いをしてるって話はちらっと聞いた事はあったけど、やっぱり本当だったんだね」
「そうなのよー。マジ最悪よねー。迷惑な事この上ないって感じー」
「そうかなあ…? その割に江ノ島さん、楽しそうに石丸君の話をしてるよぉ?」
「…は? はああっ!?」


……た、楽しそう?
あたしが? なんで??

おいおい、ふざけんなって。
いくら不二咲でも、言って良い冗談と悪い冗談があるって話よ?

…もちろん女の子に手を上げるなんてあたしの趣味じゃないし、やらないけどさ。


「だからこそ江ノ島さんもさ、石丸君に誕生日プレゼントをあげようって気持ちになったんじゃないのかなぁ?」
「なっ…! 何よそれ? さっきも言ったけどあたしは、あんな勉強しか脳のない年中夏真っ盛りサウナ野郎になんか、全っっっっ然!! 興味ないんだからね!」


…ヤバいヤバいヤバい。
不二咲の奴、完全に勘違いしてるじゃん。
その誤解だけは解いておかなくちゃ。


「なんて言うか、その…。せっかくの夏休みが犠牲になるのは、あいつも一緒な訳じゃん? だから、あたしがあいつにプレゼントするってのは、その罪滅ぼしのためっていうか…」
「…罪滅ぼし?」
「あたしのせいで夏休みが台無しになっちゃって申し訳ないなー…的な。ま、そーゆー意味よ」
「そんな事…ないと思うけどなあ」
「え…?」
「石丸君の性格なら、クラスメイトの皆のために自分が身を削るのは当然って思っているだろうから。少なくとも『犠牲になってる』なんてふうには考えていないはずだよ?」
「ん…。ま、まあ、確かに…」


不二咲の言う事にも一理ある。

まああいつは、そういう奴だよね…きっと。
じゃなかったら、いくら『超高校級の風紀委員』とはいえ、普通はここまでしようと思わないだろうし。


「でさ。…結局のところ、不二咲はどう思う? 石丸にあげるプレゼントの内容」
「あ、うん…そうだねぇ。石丸君にあげるプレゼント…何が良いんだろう…。うーん…」
「……」
「う───ん……」
「……」
「う─────────ん……」
「……あ、ち、ちょっと、不二咲。ご、ごめん。思いつかないなら無理しなくて良いから…」
「ああっ、そうだぁ…!」
「え?」


深刻な顔でしばらく悩んでいた不二咲の顔が、一瞬にしてぱっと一気に明るくなった。


「な、何? 何か良いアイデアでも思いついたの?」
「あ、うん。石丸君へのプレゼントはさぁ……」
「…プ、プレゼントは??」


いつになく自信に満ち溢れた表情の不二咲を見ていると、期待せずにはいられない。
あたしはわくわくしながら不二咲の次の言葉を待っている。

…すると、そんなあたしの耳に入ってきたのは……。


「うん。やっぱり、石丸君が喜んでくれる物が良いと思うよ?」
「…………。はい?」


その答えに、あたしは思わず愕然としてしまった。
「アーミーナイフ製造で有名な会社は?」「うーん…ヴィクトリノックスかウェンガーかなあ」っていう、当たり前でありきたりなやり取りが聞こえた時と同じくらいのがっかり様だ。

そんなん、誰だって分かってるっつーの!
相手が気に入らない物を誕生日プレゼントにする奴なんて、世界中探したってどこにもいやしないわよ。


「……あのー、不二咲ちゃーん? あたしこれでも真剣に悩んでるんですよねー。少しは真面目に考えてくれないと困りますよー?」
「う、ううっ…。ご、ごめんなさぁい…! 真剣に考えたんだけど、やっぱりそれしか浮かばなくてぇ…」
「…結局、あんたも良い考えは思いつかなかったって事?」
「う、うん…。具体的には…。せっかく頼って来てくれたのに、お役に立てなくて…本当にごめんねぇ…?」
「そっかあー…。んまあ、分かんないならしょうがないやね…」


涙ぐみながら話す不二咲をなだめながら、あたしは言った。
まあ、不二咲を責めたって仕方ないしね…。


「でも、絶対に何かあるはずなんだよねぇ…。石丸君が喜んでくれるような、笑顔になってくれるような、何かがさぁ…」
「…ふーむ。あいつが喜ぶモノ…。笑顔になるモノ……ん? 笑顔に…?」
「…どうしたの?」


……ちょっと待って。
ひょっとしたら、ひょっとして、ひょっとしちゃったりする??


あたし、分かっちゃったかもしれない。
あいつの──石丸の喜びそうなモノ。


「あんがと不二咲ー! やっぱちーたんマジ天使っ!」
「う! うわあああああっ!!?」


あたしは感激のあまり立ち上がり、向かい合わせで座っていた不二咲に抱きついていた。

…てか不二咲の奴、いくら何でもリアクション大きすぎ。
異性ならまだしも、うちらは女同士なんだからさ。このぐらいのスキンシップでびっくりしないでよね?


「……うん。あたし、何とかしてみせるわ。ちょいしんどいかもだけど、やってみるッス!」
「……? な、なんか良く分からないけど、少しでも江ノ島さんの助けになれたなら…光栄だよぉ。えへへ」


不二咲のおかげで、あたしはようやく大事な事に気づかされたみたいだ。

後はあいつの誕生日までに、何とかしてそのプレゼントを用意するだけなんだけど…大丈夫かなあ。
正直当日までに準備できるか不安だけど、やるだけやってみるしかない。

こうしてる間にも、刻一刻とあいつの誕生日──Xデーは近づいてる。
迷ってる暇なんてないよね。…きっと。


「よしっ! こうなったら、あたしの底力見せてやんなきゃ。そんじゃまたね、不二咲。今日はマジでありがと!」
「う? うん…。じ、じゃあねぇ…」


ぽかんとしている不二咲に見送られ、あたしは部屋を出る。

部屋の外はもう既に薄暗く、廊下にあたし以外の人の気配はなく、しーんとしていた。
…まるで嵐の前の静けさだ。


「…よっしゃあっ…! こうなったら、やるっきゃないっしょ…!」


あたしは堅い決心を胸に、こんな独り言を呟いた。


そうしてこれを皮切りに、あたしの中で本当の意味での『戦争』が、遂に火蓋を切って落とされたのだった──。


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