ロング

Alice in Motherland
3ページ/16ページ


「あと40分…。流石に長いな」


──しかし、田中の思惑に反して、時間はあっという間に過ぎていった。

掲示板の時計を見ると、既に時刻は12時58分。
待ち人と会えるまで、もう少し──。


「……」


人気のないバス停で仁王立ちしながら、田中はその時を静かに待ち構えていた。

今日はどんな事を話そう。
今日はどんな服装で来るのだろう。
今日は彼女のどんな表情を見られるのだろう。
田中の心を占めるのは、そのような事ばかり。


「……全く。調子が狂う」


彼女の事を想う時、考える時は、魔界の王である己の身分をつい忘れてしまいそうになる。
この世界をいつか混沌に陥れる責務を背負った者として、それはあるまじき事。

にも関わらず、田中の口元は自然と緩み、微かな笑みが滲んでいた。
その笑みは、いつもの不遜なそれよりも心なしか柔らかく。


──そして、時は満ちる。
電光掲示板が午後一時ちょうどを告げた頃、一台のバスがこちらに近づいてくるのが見えた。


「……!」


バスの窓から見えた光景に、田中は思わず目を見開いた。
待ち人──即ち『彼女』がバスの中から手を振っていたのだ。しかも笑いながら。
「あなたに会えて嬉しい」と言わんばかりの満面の笑顔で。


「……〜〜〜〜っ!!」


それを確認した瞬間、自分の中の何かが爆発しそうになる。
田中は再びマフラーで顔を覆い隠した。

今のこんな表情を、だらしない顔を見られる訳にはいかない。
悪の魔王たる矜持をどうにか保たなければ。


一方、そんな田中の動揺など知るはずもなく。
コツ、コツ、とヒールの小気味良い音を二つ立ててバスを降りると、待ち人である『彼女』──罪木蜜柑が田中の元へ向かおうとしているところだった。


「お、お待たせしましたぁ…。えへへ…」
「……う、うむ」
「……」
「……」


田中の側まで歩み寄ってくると、罪木ははにかんだ笑顔を見せた。
対する田中は少々視線を泳がせながら、言葉少なに返事を返す。

こういった経験は初めてではないのだが、両者共『二人きりで会う』という行為に今一つ慣れる事が出来ずにいた。
故に、会った直後は毎回ぎこちない沈黙がしばらくの間二人を包み込む。

流石にもうそろそろ慣れても良い頃合いなのだが、これまで人との繋がりが上手く出来ず、ましてや異性との交際には無縁だった彼らの事だ。
もう少し時間がかかるのだろう。


「え、えっとぉ…。じゃあ…行きましょうか…?」
「…う、うむ。そうだな」


罪木の一声がきっかけとなり、ようやく二人は歩き出した。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ