ロング
□その仮面を剥ぎ取るものは
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翌日の放課後、セレスは娯楽室へと向かった。
無論、石丸との勝負の決着をつけるためだ。
とは言え、ゲームの内容はもはやセレスにとってさほど重要ではなくなっていた。
それより今興味があるのは、石丸が勝負にこだわる本当の理由──それを知る事だった。
今日は勝負最後の日。だからこそあの男の腹の内を、思う存分暴いてやらなければ。
ギャンブルとは騙し合い、互いの腹の探り合い。他人をいかにして出し抜くかが肝要なのだ。
その点においてセレスはやはり超一流であったし、ましてや石丸のようなずぶの素人に負けるなど、万が一にもあり得ない。
──最後に勝つのは、自分だ。
久々に覚える胸の昂りに、セレスは人知れず歓喜していた。
湧き上がる興奮、燃えるように火照っていく身体──この感覚はまるで恋に似ている。
(……恋…ですって? わたくしが…彼に?)
そこまで考えてセレスは笑った。そして同時にその思いを一蹴する。
自分とした事が何を考えているのだろう。
自分とは正反対の極地へいるあの男にそんな感情を抱くなど、毛頭あり得ない話だ。
確かに、自分が散々痛め付け引導を渡した人間の絶望に打ちひしがれる姿は、セレスにとって愛しく、身悶えするほど胸が高鳴り、壮観と言えるものだ。
だが、それは恋とは似て非なるもの。
愛情、友情──そういった類の感情はギャンブラーとしての鋭い感性を鈍らせる要因となる。
だから、そんなものは必要ない。人間らしい感情など持つだけ邪魔だ。
自分に必要なのは、幼い頃から抱いてきたたった一つの夢と金の温もり、そしてとびきり濃厚なロイヤルミルクティーだけ。
ただそれだけ。
それだけで良いのだ。
「…あら?」
娯楽室への道中、セレスが廊下の窓の外をふと見下ろすと、二人の女子生徒の姿があった。
「…朝日奈よ、疲れてはおらぬか? そろそろ休憩するか?」
「ううん、平気平気! これくらいまだまだ余裕だよー。さくらちゃん、もうひとっ走りしようよ!」
「うむ、そうか。では、走り込みを続けるか」
「うん!」
小柄で身軽な褐色肌の生徒に、明らかに人間離れした屈強な体躯の持ち主。
彼女達はセレスが良く見知った顔であった。
「あれは…朝日奈さんに、大神さん…」
セレスの視線の先──グラウンドにはクラスメイトの朝日奈葵、大神さくらの姿があった。
二人は体操着姿でグラウンドを駆け回っている。
いわゆる体育会系同士仲の良い二人は、共に身体を動かし、体力作りに励んでいるのだろう。
彼女達もまたセレスとは正反対の人種である。
良くも飽きないものだ──グラウンドを走り続ける二人を見下ろしながらそんな事を思っていると、ふっととある事を思い出したのだった。
「そう言えば、明日は運動会がありましたわね…」
朝日奈達は明日の運動会に備えて特訓しているのか──セレスはようやく合点がいった。
学園内の雰囲気がどことなく慌ただしいのもそのせいなのかもしれない。
運動会──セレスには全く無縁かつ興味のない出来事。
だからこそ今の今まで明日運動会がある事を忘れていたのだ。
第一スポーツなどという暑苦しいモノは自分の性には合わない。
そういった行事に参加した事がないばかりか、学園指定の体操服に袖を通した事すらなかった。
「……」
セレスは朝日奈達を大して意に介す事もなく向き直ると、再び娯楽室へ向かって歩き出した。