ロング

その仮面を剥ぎ取るものは
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──翌日、セレスと石丸はオセロ対決に火花を散らした。
結果はセレスの圧勝。

その翌日、その次、また次の日も。
その事実が覆される事はなかった。


「う゛う゛っ…! ま、また負けた…ッ!!」
「うふふふふ…。残念でしたわね」
「むぐ…っ、ぐぐぐぐぐ…っ!」


ギリギリ、という音が聞こえてきそうな勢いで歯を軋ませる石丸とは対照的に、セレスは悠然とした様子で微笑んでいる。
所詮この程度か──その優美な笑顔の裏には、石丸への失望、諦念の意が巣食っていた。

こんな事ならば、変な気まぐれなど起こさなければ良かった。
こんな無意義なゲームをだらだらと続けるくらいなら、いっそこの男が立ち上がれなくなるほど徹底的に打ちのめしてやれば良かった──セレスの心には、ふとそんな思いがよぎっていた。
挙げ句の果てには、数日前、追加ルールなどと言って彼を無駄に生き長らえさせてしまった自分にすら嫌気が差す有り様だ。


「…し、しかしッ! 僕は諦めない…諦めないぞッ! あともう一日だけ…明日があるじゃないか! 勝負は最後までどうなるか分からないのだからな!」
「……。そうですか」


それでも尚ぶつかって来ようとする石丸に、セレスは後れ毛を弄りながら答える。その仕草はあたかも石丸の言動が煩わしいと言わんばかりだ。
実際セレスからするとそんな彼の姿は、虚勢を張るだけの哀れな愚か者にしか思えなかった。

──何を言う、勝負の行く末などもう決まっているではないか。
弱者の戯れ言は聞き飽きた。もううんざりだ。

この世は弱肉強食。
強い者だけが生き残り、弱い者はその犠牲となり息絶えるしかないのだ。
そうやって自分はずっと生きてきたのだから。

そんな自分の生き方が間違っているはずが、ない──。


「ひとまず今日はここまでにしようか。…セレスくん!」
「…何でしょう?」
「僕は君に負けない。次こそ、絶対に勝ってみせる!!」
「……!」
「では、これで失礼する! 君も早く下校したまえよ!」
「……」


やけに強い語気でそう言い放った後、石丸は娯楽室を後にした。

その一方でセレスは、内心動揺を隠せずにいた。
耳を傾けるに値しない負け犬の遠吠えだと分かっている、それなのに──。
何故かセレスは、心の中に生じた波紋に戸惑うばかりだった。
この自分があんな男の言動に動ずるなどあり得ない。いや、あってはならないはずなのだ。

そもそも石丸は、何故こうも必死に勝負に勝とうとしているのか──次第にセレスの中にはこんな疑問が生まれた。
確かに『超高校級の風紀委員』である彼にとって、学園内の風紀を正し導いていく事は必要不可欠な事だろう。
もし石丸が勝ち、例の『約束』を果たしたなら、彼にとってここまで好都合な事はない。

しかし、ただそれだけなのだろうか。
それだけの理由で、あれほど躍起になっているのだろうか。

いや、きっとそうではない。彼の真意は他にあるはずだ。
石丸がこの勝負に執念を燃やすのには、もっと深い意味が──『裏』があるはずなのだ。


「ふふ…。うふふっ、うふふふふふふ…!」


それを確信した時、セレスは笑った。
相変わらず気品溢れる態度で。それでありながらこの状況を心から面白がっているような、そんな笑い声で。


「予想外に、楽しくなってきましたわ…。せいぜい、わたくしを楽しませて下さいね? 石丸君?」


ほんの出来心から始まった勝負に、ようやくセレスは価値を見出だしつつあった。
これは単なるオセロ対決という枠を越えた、心理ゲームなのだ。

最後に笑うのは自分か、彼か。
彼の秘められた真意とは何なのか。
全てが終わった時、この心理ゲームという名の盤面を満たす色は黒か、それとも白か──。

全身の血が熱く駆け巡るような衝動を、もはや抑える事は出来ない。
心の底から湧き出でるような迸る感覚に、セレスは興奮を覚えたのだった。


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