ロング

“おかえり”と“ただいま”
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「…もう、終わりにしよう」
「……え…?」


何の前置きもなく突然切り出されたその言葉に、江ノ島は戸惑いを隠せなかった。
何かの冗談なのかとも思ったが、『彼』がそんなタチの悪い冗談を言える人間でない事は彼女が一番良く知っていた。

現にその『彼』──石丸清多夏はそう言ったきり、真剣な表情で江ノ島をじっと見つめている。
真っ直ぐで、どこか悲しげな瞳をして。


「ずっと、考えていたんだ。このまま僕達がこうして一緒にいても…きっと傷つくだけだ。だから……」
「………」


石丸は元より深い眉間の皺を更に深く刻みながら、こう続けた。
静かで沈着ながらもはっきりそう言い放つ口調からは、彼の決意の強さの程が窺える。

先程も言ったが石丸は生真面目な性格故、生半可な気持ちで嘘や冗談が言える人間ではない。
そんな彼だからこそ、この結論を口にするまでは相当の苦悩、葛藤があったに違いないのだ。


江ノ島と石丸は恋人同士の関係にあった。
知り合ったのは高校時代だが、実際に交際を始めたのは高校卒業後の事だ。

第一印象はお互い最悪だった。
超高校級の風紀委員として何よりも規律、規則を重んじる石丸と、かたやルールに縛られず個性や自分らしさを最も大事にする超高校級のギャル・江ノ島。
根本的に考え方が異なる彼らはいつも衝突が絶えず、いわゆる水と油状態であった。

だが、どういう訳なのだろうか。
根本から何もかもが違うはずの水と油はいつの間にか互いに意識し合い、気がつくと上手く融合し混ざり合い、常識では考えられないような化学反応を起こしていた。

異なるからこそ惹かれ合う。
異なるからこそ一緒にいるのが楽しくて、新鮮で。
それはまるで磁石のN極とS極の関係性とも似ている。


──そうして彼らが学び舎を巣立つ事になった、卒業式の日。
石丸から呼び出された江ノ島は、思いもかけずこう告げられたのだった。


「きっ…きききき君の事が、す、すす、好き、なんだ…! だ、だから、これからも良かったら…僕と……会ってもらえないだろうか?」
「……っ!!」


あまりの予想外の事態に驚き、江ノ島はすぐさま反応が出来なかった。
卒業式の日に告白されて結ばれる、なんていうシミュレーションゲームは聞いた事があるが、まさかそれを自分が体験する事になろうとは。しかも恋愛とは最も程遠い場所にいるこの男から告白されようとは、思いも寄らなかった。

一方の石丸はと言うと、いつものようにきっちりと姿勢を正しながら、江ノ島の返事を待っていた。
極度の緊張で顔は勿論の事耳たぶや指先までも真っ赤に染め、その顔は今にも泣き出しそうだ。わずかながら身体は小刻みに震えている。

自分のためにここまで必死になってくれる石丸が滑稽で、少し可愛らしくて、けれどそれ以上にとても嬉しくて。
クスリと少しだけ笑い声を漏らした後、江ノ島は満面の笑顔で石丸にこう返したのだった。


「うん、良いよ」


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