ロング

それは、おとぎ話のような
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ノヴォセリック王国で過ごした数日間は実に刺激的で、毎日が驚きの連続だった。いわゆるカルチャーショックというヤツだ。

この国の常識は僕には到底理解し難い事ばかりだったが、それもこの国の歴史や文化に深く関連付いているのだと思うと、同時に興味深くもある。
なるほどこの国は無限の可能性を秘めているのだなと感じた。


祖父と僕が帰国する事になった日。
ノヴォセリックの王族や要人達は皆、飛行機のすぐ側まで見送りに来てくれた。
その中には勿論彼女の──ソニアの姿もあった。


「キヨちゃん…」
「…な、泣かないで。ソニア」
「は、はい…。でもやっぱり、お別れは、つらくて…。ぐすっ…!」
「ソ、ソニア…」


そう言ってソニアはすすり泣き、ぽろぽろと涙をこぼした。
こうしていれば本当にただの普通の女の子なのに…と、その時僕は思った。

不思議だらけのこの国で過ごすうち、ただ一つはっきりと分かった事。
それは、ソニアが王位継承者としての数々の重責を抱えながらも日々勉学に励み、何より民達にとって良き『王女』であろうと邁進し続けている姿だった。
どこまでも気高く慈悲深いその有り様に僕はひどく感銘を受け、それと同時にそんな彼女が眩しく思えた。


「泣いちゃ、ダメだ…。だってきみはこれから王女になって、この国を支えなきゃならないんだぞ…? だから、こんな事くらいで泣いてなんかいたら、ダメなんだよ!」
「…わ、わかっています。わかってますけど…でも、せっかく会えたのに…! もっと、もっと、キヨちゃんといっしょに、いたかった…!」
「う、ううっ…。そんなこと言われたら…ぼくも、泣きたくなってしまうじゃ、ないか…っ。ぐ…っ、うあぅぅ…うわあああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
「……! キ、キヨちゃん!?」


遂に感極まり堪えきれなくなって、僕の方も泣き出してしまった。
やがて涙も鼻水も涎も一緒くたになって僕の顔を濡らし、すぐ目の前にいるはずのソニアが何だか霞んで見えたような気がした。
…そう。まるでおとぎの国の登場人物のように。


「キ、キヨちゃん。そんなに泣かないでください…。いたいのいたいのとんでけー、ですわ!」
「……ッ!!」


そう言うとソニアは僕の頭を優しく撫で始めた。
歳はそう変わらない彼女に子供扱いされたようで、少し憎らしいような、かと言って全く嫌な訳でもなく……複雑な心境だ。


「……う゛ぇっく、ど、どこも…痛くなんかない! こ、これは汗だ! 汗なんだあああああっ!!」
「うふふ…。ほんとうにキヨちゃんはウソがヘタなんですのね。さあ、これで涙をおふきなさい?」
「……! あ、ありが、とう…」


僕のあまりの泣き様を見るに見かねたのか、ソニアは自分の持っていたハンカチで、びしょびしょになった僕の顔面を拭ってくれた。
そのハンカチからは、今まで嗅いだ事もないようなとても良い香りがして…僕の鼓動は一度だけ、ドクンと大きく高鳴ってしまう。


「あの、キヨちゃん。…よかったら、これを」
「?」


そう言ってソニアは自分の胸のリボンに着けていたブローチを外し、僕に差し出してみせる。
そのブローチは傷一つなく、青い光を放ちながら輝いており、子供の僕でもさぞ質の良い物である事は一目瞭然だった。


「これを、わたくしの代わりだと思ってだいじにしていただけたらうれしいです。…えぇと、こういうのをニホンでは『ぶんべつ』というんでしたっけ?」
「ゴミじゃあるまいし、分別してどうするんだ…。それを言うなら『せんべつ』だよ」
「あ、そっかあ。せんべつですかあ。てへへっ」
「で、でも…本当に良いのかい? こんなに高価そうなものを…」
「もちろん! キヨちゃんにもらっていただけるなら、そのブローチもホンノウというものですわ!」
「…ああ、それはホンノウではなく『ホンモウ』だね。そもそも物体に本能なんてないからな…」
「そうなのですか! ベンキョウになります。ほんとうにキヨちゃんは物知りなんですね! かっこいいです! すごいですっ!」
「え? あ、い、いや…」


彼女の直球な物言いに僕は赤面する。
言動がいちいちストレートなのもお国柄故、なのだろうか。


「じゃあ、ぼくも何かきみにあげなくちゃな。えーと…」


僕は慌てて鞄の中をまさぐってみる。そして…。


「……ごめん、こんな物しか持っていないけど…。でも、良かったらもらってほしいんだ」
「まあ、これは…本、ですか?」
「うん。ぼくがこの国に来る飛行機の中で読んでたんだ。と言っても、キンチョウしっぱなしで読んでたせいか内容は全然おぼえてないんだけど…」
「そうなんですか…。いいのでしょうか? わたくしがいただいてしまっても…」
「無論さ! それにきっと、ソニアにとっては良い日本語の勉強になると思うから」
「はいっ! ありがとうございます。わたくし、とっても…とっても、うれしいです!」
「こちらこそ! 大切にするよ。…ずっと、大切にするからな!」


こうして互いの私物を交換し合った僕らは、顔を見合わせて笑った。
僕達が過ごしたこの数日間は幻ではなかったと。確かにこの地で親交を深めたのだという証を、自らに刻みつけたのだ。


「清多夏よー! 名残惜しいじゃろうが、もうすぐ出発の時間じゃ! そろそろ飛行機に乗りなさい!」
「あ…。は、はいっ! 今行きます!」


僕達の様子を少し離れた場所から見守っていた祖父が、そう呼び掛けてきた。
別れの時間は、刻一刻と近づいていく。


「キヨちゃん…。やはり、行ってしまうのですね」
「うん…残念だけど…」
「……あの。また、会えますよね?」
「…もちろんだとも! また会えるさ! 絶対に!!」
「……!」
「約束する! 大人になったら祖父のような『そうりだいじん』になって、また君に会いに来るから! だから、それまで待っててほしいんだ!」
「はい! わたくし、キヨちゃんをしんじて待ってます。…待ってるから!」


──『総理大臣になってまた君に会いに来る』なんて、幼かったとは言え我ながら大それた事を言ったものだ。
かつての自分の無鉄砲な言動ぶりには呆れを通り越し、もはや苦笑いだ。


「…ぼく、そろそろ行くよ」
「はい…」
「じゃあ元気で、ソニア」
「はい…キヨちゃんも」
「また会うその時まで、お互いにセッサタクマして頑張ろうな!」
「はい…っ! ぜったい、ぜったいまた、会いましょうね!」


僕はソニアに見送られながら、祖父と共に飛行機へと乗り込んだ。
そして心の中に沢山の思いを抱えながら、ノヴォセリック王国を後にしたのだった。


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