ロング

それは、おとぎ話のような
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それはノヴォセリック宮殿内、謁見の間。
宮殿関係者の中でも一握りの人間しか入れないという特別な場所。いわば聖域とも呼べる場。

そこで僕は、あの人に出会ったのだ。


「はじめまして。ソニア・ネヴァーマインドともうします」
「………」


そう自己紹介したその人を、僕は瞬きもせず、何かに取りつかれたかのようにただひたすらじっと見つめていた。

ちょうど肩まで伸びた金色の髪に、陶磁器のように白く透き通る肌。そして吸い込まれてしまいそうなブルーグレイの瞳。
まるでおとぎ話にでも出てくる姫のような、現実離れした外見をしていた。

初めて目の前で見る異国人が物珍しかったというのもあるだろう。
しかし、きっと、それだけではなかった…のだと思う。


「えっと、ところで…。あなたのお名前なんてぇの?」
「………」
「あ、あのぅ…。もしもーし、きこえますかー?」
「………」
「はっはっはっ! ソニアちゃんがあまりに可愛くて、見とれているようじゃの! 清多夏よ!」
「……はっ! なっ、なにを…!!」


顔をくしゃくしゃにしてまたしても豪快に笑う祖父の声で、僕はようやく正気に戻された。


「ち、ちちちがいますお祖父さんっ! ぼ、ぼくはそんなんじゃ…!」
「はっはっ、照れるでない清多夏よ。確かにソニアちゃんは人形のように可愛らしいからのぅ」
「ま、まあ…! いやですわ、おはずかしゅうございますです」
「ははは、ソニアちゃんは日本語が達者じゃのぅ。流石は王族の血を継ぐ者、という事か」
「え…? おう、ぞく?」


祖父の『王族』という言葉に耳が留まり、僕は思わず疑問符を口にしていた。


「ああ、お前にはまだ言っていなかったか。彼女は…ソニアちゃんは国王の一人娘でな、ゆくゆくは王女としてこのノヴォセリック王国を治めていく立場なのじゃよ。日本語がこんなに上手いのも、王位継承者としての勉強の努力の賜物…という事か。まだ幼いのに大したモノじゃな」
「王女…ですか…? この人が……」


確かに大人びてはいるが、歳は僕とそう変わらないだろう。
その彼女がまさか、王様とは──。

それを聞いた瞬間、目の前の彼女が急に高貴な存在(王族なのだから当然だが)に見えた反面、彼女に同情のような憐れみのような、複雑な気持ちを抱いてしまったのも事実だ。
血筋とは言え、こんなに若くして『国』というとてつもなく大きなモノを背負ってしまった彼女の心境は、どのようなものなんだろうか…と。


「ここには数日世話になる予定だし、お前も彼女と仲良くしてやりなさい」
「は、はい…」
「えーと…。ふつつかものではございますが、どうかよろしゅうおねがいいたします」
「……っ! こ、こちらこそ…!」


そう言って彼女はワンピースの裾を掴み、一礼してみせた。
その振る舞いの一つ一つに優雅な気品が漂っており、僕は思わず目を奪われてしまう。


「…あのぅ。それで、ですね」
「?」
「まだ、あなたのお名前をきいていませんでした。よかったらおしえていただけますか?」
「あ…え、えっと…石丸、石丸清多夏…です」
「イシマル、キヨタカ…! ワオ、ニホンダンジっぽくてとってもすてきなお名前! チョベリグです!」
「え? チョ、ベリ、グ…??」


彼女は時折不思議な言葉を交じえながらキラキラと瞳を輝かせ、僕に好奇の眼差しを向けている。
お互いの目の前には、育ちも言語も何もかもが異なる外国人がいるのだ。それも無理はない。

しかし、だな…。ここまで至近距離でまじまじと見つめられると、何と言うか…少々居たたまれない気持ちになってくる。
穴があったら入りたい、とはまさしくこの時の僕の心境の事だろう。


「…あ、そうだ。こうして会えたのもなにかのえん。よかったら、『キヨちゃん』と呼ばせていただいてもよろしいですか?」
「キ…ッ! キ、キ、キヨちゃんッ!?」
「その代わりと言っては何ですが、わたくしのこともどうかきがるにお呼びくださいな」
「え…いや、しかし…。さすがに王族の方を呼び捨ては問題があるんじゃないかと…」
「えーい、ひかえおろうっ! わたくしをだれだとこころえるかっ!?」
「……っ!! す、すすすみませんッ!」


彼女は突然片手を前へ突き出し、仰々しい口調でピシャリとそんな言葉を叩き付けてきた。
それはまるで、日本の時代劇のワンシーンのようにもとれる。

どこからどう見ても西洋人の容貌を持つ彼女がそんな言動を取るのはなかなか滑稽な画のはずなのだが、何故か彼女には無意識にひれ伏したくなる風格があった。王族ならではのカリスマ性、という事なのだろうか。
これには僕も思わずピンと背筋が伸びてしまうのだった。


「わ、わかった…。では…『ソニア』…で、大丈夫だろうか?」
「モチのロンです! といいますか、わたくしのことをそんなふうに呼んでくださる方、はじめてです! わたくし今、モーレツにカンドーしておりますわっ!」
「…えっ? あ、そ、そう…か…」
「では、あらためてよろしくおねがいしますね。キヨちゃん!」
「……っ!!」


そう言って彼女は僕に向かって笑った。
上品ながらもあどけなく柔らかなその笑顔は、僕を不思議な気持ちにさせる。

…何と言うのだろうか。
あたかも雲の上を歩いているような非現実さがありながら、それでいて、何故か不安定な雲の上に安息を求めんとするような……。

……ん? うぅむ…。
我ながら、何を言っているのか分からないな。
自分でもこうした気持ちを抱いたのはなにぶん初めてなもので、どう話して良いのか見当もつかないのだ。


──こうして、生まれて初めて芽生えた自らの感情に戸惑いを隠せないまま。
異国の王女と過ごす数日間が過ぎ去っていった。


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