ロング

それは、おとぎ話のような
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「清多夏、具合は悪くないか?」
「は、はい。大丈夫です」
「清多夏、何か食べたい物はないか? もしあるなら遠慮せずに言いなさい」
「い、いえ、平気です。おなかは空いていないので」
「ははっ、そんなに身構えるでない、清多夏よ。お前は観光にでも来たと思って、気楽に構えていれば良い」
「…は、はいっ! で、では、気楽にかまえますッ!」
「はっはっはっはっ! お前は本当に面白い奴じゃなあ! 清多夏よ!」
「そ、そう…でしょうか…?」


フライト中の飛行機で本を読む僕に、隣の席の彼はそう言って豪快に笑った。
彼が愉快そうに笑い声を上げるその度に、年相応に顔に刻まれた皺がくっきりと浮き出したのを今でも憶えている。

そんな彼とは対照的に、僕はとても緊張していた。
正直その時読んでいた本の内容など全く憶えていない。…いや。むしろ、何一つ頭に入らなかったと言った方が正しいだろうか。
初めての旅行、初めての飛行機、初めての外国…何もかもが初めての事ばかりで、その時の自分は相当浮わつき立っていたのだろうと思う。


今から十年ほど前、僕が小学生に進学するかしないかくらいの頃。
…祖父が汚職事件を起こし、政界から追放されるほんの少し前の事だ。

僕は当時、内閣総理大臣として政に携わっていた祖父・石丸寅之助と共にとある国に向かっていた。
首脳会談という大事な任務のため出向いていた祖父に付き添う形で、ファーストクラスの飛行機へ同乗していたのだ。


「しかし、ノヴォセリック王国なんて名前を聞くのも初めてです…。いったいどんな国なのでしょうか」
「ああ、ノヴォセリックについては未知数な部分も多いのでな。だからワシも国に赴いた暁にはもっとあの国について理解を深めねばならんじゃろうが…」
「そんな…! お祖父さんは勉強なんてしなくてもだいじょうぶですよ! お祖父さんは天才なのですから!」
「……フフ、まあな」


僕がそう言うと、祖父は口元に不敵な笑みを浮かべた。
今思えばそれは、国の一つや二つ自分の才能をもってすればどうとでもなる、という彼の自信、傲慢さの表れだったのだろう。

けれどその頃の僕はそんな彼の思惑に気づく事もなく、ただひたすらに祖父を敬愛していた。
皆に『天才』と呼ばれ慕われる彼を心から崇拝し、誇りに感じていた。

…が、それを思い返す度に僕は改めて実感するのだ。
かつての自分は恐ろしいほどに純粋で、真っ直ぐで、そして……愚かだったのだと。


「さあ、もうすぐ着くぞ。お前もそろそろ支度しなさい」
「は、はいっ! お祖父さん!」


祖父の呼び掛けに僕は読んでいた本を閉じ、しばし着陸の時を待つ事にした。


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