夢幻なる縁

□本編前
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 いつもだったら私より早く起きている博士なのに、今朝は朝食を作り終わっても起きてこない。
 読書に夢中になっているのか珍しく寝坊しているだけかも知れないけれど、嫌な胸騒ぎがした私は萬に様子を見てくるようにお願いした。





「シスター、来て下さい」
「え、どうしたの? まさか?」

 すぐに呼ばれた私は顔を青ざめ博士の部屋に行く。

 まさか博士が死んだ?

 嫌な予感がしたけれど部屋に入り様子を見ると、汗をぐっしょりかき表情を青ざめていた。

「すごい高熱です」
「高……風邪か」

 萬の言葉に取り敢えずホッとしておでこに手を当てるけれど、火傷するかと思うぐらい熱くすぐに引っ込める。

 これはもしかしなくてもやっぱりヤバイ奴?

「萬、氷枕と保冷剤を持ってきてくれる? 後救急箱」
「分かりました」

 萬にそう指示して私はクローゼットからタオルを探し、汗を拭き取る。

 博士は普段から仮眠程度の睡眠しか取っていないから、寝不足と仕事のし過ぎでついに疲れがピークに達したんだろうな?
 しかも昨日は機嫌が悪かったし。
 別に萬が恋愛感情に興味をもって知りたいと思うのは当然のことだと思うのに、あんなに理不尽に怒ることはないのにな。
 そう言えば私の時も、今はそれどころじゃないって言われたよね。
 まさか自分が恋に破れたから僻み?
 私達にも恋愛させないつもりなんじゃぁ?
 本当に博士は心が狭いな。
 一人になるのが怖いのは分かるけれど別に恋をしても離れたりするわけでもないし、私は一生博士のビジネスパートナーだって言っているのにな。
博士の傍にこうしているだけで、私は幸せだから。
 それ以外は何も………。

「………亜理紗、いかないで」
「…………」

 うわ言が確かにそう言った。
 鋭いナイフで私の心を容赦なく刺す。
 しかしそれはいつものことだから、私は胸の痛みをこらえて汗を拭き続ける。
 そんなこと初めっから分かっていてそれでも私は博士を好きになってしまった。
 今さらどうしようもないこと。

「シスター、持ってきました」
「……ありがとう。ここに置いて」
「どうかしたのですか?」
「ん? 博士がうわ言でお姉ちゃんの名前と恭介さんのことしか呼んでないんだよね?」

 しばらくして戻ってきた萬に速攻気づかれてしまい、私は何事もないように苦笑しつつ話す。

 思わず逃げてしまいそうになる情況だけど、まだ恭介さんも出ているから思い止まれた。
夢の中で博士と私と同じように傷ついている。
 ううん。私よりももっと傷ついているから、今も博士を想い続けていられるんだと思う。
 好きな人の不幸を見てどこか救われた気分になる私は、きっと人間として最低なんだ。

「シスター、大丈夫ですか?」
「正直いい気分じゃないけどね。もうこんなの慣れっこだよ。ねぇ萬、博士は感情を持つなとか言っているけれど、私は良いことだと思うんだ。恋をするって素敵なことなんだよ」

 そんな私を心配してくれる萬に私の考えを伝え、恋をすることを進める。
 こんなこと博士に聞かれたら雷が落ちるけれども、それでも私は自分の考えを変える気はない。

「ですが私は自働人形」
「そんなこと関係ない。だって萬の心は私達と同じでしょ?それに萬が好きになった人なら萬を否定しないよ」
「シスター。そしたら博士が……」
「博士なら大丈夫だよ。ビジネスパートナーである私がいるんだから。博士を一人にさせないよ」

 博士に散々物扱いされているなのかいつになく後ろ向きの萬だけれど、どうやらそれだけではないらしく博士を心配しているのが分かった。

 なんだ。
 いつの間にか萬にも感情が芽生えて、優しい子に育っているんだね?
 私と同じ考えに嬉しくて、そう断言して約束する。

「これでよし。それじゃぁ私達は仕事しようか?」
「その前に朝食を取って下さい。それから少し休んだ方がいいのでは?」
「う〜ん。朝食は取るけれど、疲れてないから大丈夫」

 お腹はすいているからそう言って立とうとするけれど、博士に手を強く握られバランスを崩しそうになる。
 前は冷たかったのに、今は熱い。

「博士、起きてるんですか?」
「………」

 寝言だったらしく返事はなく、さっきよりかどこか表情が和らいた気がした。
振りほどこうとすれば簡単にできるけれど、そんな顔の博士が愛しくなり逆に握り返す。

「博士、私はどこにも行きませんよ」

って言ってみると、ますます博士の表情が優しくなる。

 まぁ真相はお姉ちゃんと恭介さんに置き去りにされてる夢を見て、私の手を二人の手とでも思ってるんだろうけれど。
 今日の所は病人だから許してあげよう。

「朝食、持ってきますね」
「うん、ありがとう」

 萬は気を遣ってくれそう言い、再び部屋から出て行った。





「……え?」

 いつの間にか寝てしまったらしくボーとして目を開けると、博士と視線が混じり合い数秒そんな状態が続く。
 そして我に返った途端、恥ずかしくなり視線をそらす。

 私は一体?
 なんでこんなことになってる?
 確か博士が私の手を離してくれなくてそのまま朝食を取り看病していて、………眠くなって寝てしまった気がします。

「これは一体どう言うこと?」
「どう言うって博士が私の手を握って離してくれないから……」

 博士からこの情況を求められてしまい、私は動揺しながらも落ち着いて情況を簡単に説明する。
 それがすべてでやましいことはない。
 さっきまでは平気だったのに鼓動が高鳴り続けて体温も上昇。
 急いで手を離そうとしたけれど、なぜか博士は強く握り返し離してくれない。
しかもいたずらっ子の悪魔の笑みを浮かべる。

「は離して下さい」
「ダメ。僕は病人なんだから優しくしてよ」
「嫌じゃないんですか?」
「うん。君の手を握ってると落ち着けるからね」
「え、それって……」
「きっと年寄りの人畜無害な手だからじゃない?」

 勘違いしそうになった自分が恥ずかしくて、穴があったら入りたい。
 だけどいくらなんでも人畜無害は言い過ぎだし、意味が若干違うような。それに年寄りに対して失礼。

 そもそも人畜無害な人間の手を握って落ち着ける?

「何? それとも好きな人の手だからとでも言って欲しかった?」
「違います。わ私はど博士を慕ってはいますけれど、……私と博士はビジネスパートナーじゃないですか?」

 私の心を読みいかにも勝ち誇った問いに、声を裏返しながら大声で全否定。
 絶対知られてはいけない私の本心。

「まぁいいや。僕はもう一眠りするから」
「あ、はい。ゆっくりおやすみなさい」

 それ以上は突っ込まれず博士はそう言って、再び目を閉じあっと言う間に眠りにつく。
私もこのことはきっぱり忘れることにして、寝てる博士を特等席で眺める。




  幸せな時間は、もう少しだけ続きそうです。 




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