夢幻なる絆

□その後
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それはバレンタイン前日のことだった。

当たり前だけど幕末にはまだ存在していないからスルーしても構わないんだけれど、イギリスにはもちろんあるから是非やりたい。

しかし幕末にはチョコレートがありません。

明治十一年に神戸で売られたのが始まりだと前に読んだことがあったため、後十数年後でないと簡単には手に入らない。
アーネストに頼んだらろくな結果を招かないだろうから、ウィル先生に頼んで板チョコを分けてもらおう。

そう考えた私は英国大使館に行こうと支度をしていると、

「奥様、大変です。ヒノエさんとマリアさんの子孫と名乗る人がいらっしゃいました」
「え?」

慌てふためく梅さんがやって来て息を切らしやって来てなんかすごいことを言われたけれど、いきなり過ぎてすぐには理解ができずきょとんとなる。

ヒノエさんとマリアちゃんの子孫って何?
先月無事に鎌倉時代に戻って行った………っは?

ここでようやく意味を理解する。

「その人はどこ?玄関?広間?」
「玄関です。あ、奥様、走ると転けてしまいます」

居場所を聞いてすぐに部屋を飛び出し急ごうとすると梅さんに止められ急ぎ歩きで玄関に向かう。





「あなたが凪さんですか?初めまして藤原紅緒です」
「弟の藤原崇男です。私達は熊野を拠点に商いをやっている者です」
「はい、そうです。初めまして」

玄関にはマリアちゃんと崇くんの良いとこ取りをして少し大人っぽくした高校生ぐらいの美少女と、ヒノエさんに似た中学生ぐらいのイケメンくんがいてご丁寧な挨拶をされる。
一目瞭然で子孫だと分かるほどと、熊野を拠点としていると言えば間違えがない。

そうか。
マリアちゃんと崇くん熊野で商人になったんだ。

「突然の訪問失礼します。今日は私達は初代当主藤原崇様の奥方様マリア様の使いで参りました」
「マリアちゃんの?」
「はい。この式神とこれを渡して欲しいと、代々言い伝えられておりました。そしてこの式神は帯刀さんに」
「それはわざわざありがとうございます」

と言われてきれいな色の風呂敷に包まれた荷物を渡される。
児童書ぐらいの大きさなのに、見た目より軽かった。

「それでは私達は失礼します」
「え、上がっていかないの?」
「女性からの誘いは何があっても乗るのが俺の主義でこんなこと言うのは心苦しいんだけれど、すみませんこれから俺と姉上は英国へ留学に行くんです」
「留学?二人とも気をつけて行ってきてね」

いかにもヒノエさんの子孫らしく崇男くんにしてみれば親世代の私に対しても、息をするよう悲しそうに両手を掴み口説かれかけ年甲斐もなく心臓が一瞬高鳴る。
もちろん本心ではなく軽い挨拶程度とはわかっているため、すぐに後者の台詞に反応しそれだけ言葉を返す。

帯刀さんには内緒にして………無理か。
久しぶりに大目玉をくらいそう。

「はい。帰国したらまた伺っても宜しいでしょうか?」
「もちろんだよ。その時は 上がっていろいろ話をしようね?」
『はい!』

最後の最後で紅緒ちゃんは年相応の愛らしい笑顔に変わり、二人は頭を下げで帰っていった。
あっという間の出来事だった。



風呂敷の中身は板チョコとハートの型だった。
式神の手紙には崇くんと両親で海外を回ったことと、板チョコとハートの型を送った理由が書いてあった。
なんでもマリアちゃんのお母さん達がバレンタインデーを熊野に広めたようで、毎年二月になると輸入するようになったらしい。
だから江戸にないことを知っているマリアちゃんは、今日我が家に届けて欲しいと子孫に託し続けた。
いかにも優しいマリアちゃんらしい。

「マリアちゃん、ありがとう。これでバレンタインが出来るよ」

熊野方面の空に向かって呟き、板チョコを抱きしめる。

それじゃ早速作り………冷蔵庫がないと作れなくないか?

「みんなひょっとして冷蔵庫作れる?」
『え、れいぞうこ?』

近くでまどろんでいる四神達に無茶ぶりをすれば、案の定四人揃って不思議そうに首をかしげる。

そりゃそうですよね?

「冷蔵庫って言うのは台所にある箱のようなもので、中が涼しくて生物が傷まない仕組みなんだ」
「?でしたら今の季節外に置いとけば良いのでは?」
「まぁそれはそうなんだけど、チョコって言うのは良い匂いだから動物に食べられちゃうでしょ?」
「確かになら我々が結界を張ってあげよう」

仕組みを理解した上で簡単な解決方法を出してくれるけれど、そんなのはとっくに考えたことであり違う問題点を話す。
しかしそれはすぐに解決されて冷蔵庫がなくてもバレンタインチョコは作れることになった。

「ありがとう。あ、じゃぁシロちゃんは帯刀さんにこれを渡してきてくれる?」
「分かった。行ってくる」

そう言って帯刀さん宛の式神をシロちゃんに渡してシロちゃんは張り切って消えていった。



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