夢幻なる絆

□番外編4
6ページ/8ページ

凪、自称妻候補に苦労する。



それは日課になった食後のランニングが終わり屋敷に戻った時のこと。
きれいで若い大きな荷物を持った女性が迷いながら、正門の前を行ったり来たりうろうろしている。


「誰だろう?」
−小松帯刀の婚約者だろう?
「え〜また?」


女性を見ながら不思議そうに首をかしげ呟けば、呆れきったシロちゃんはそう答え溜め息をつく。
私もそれにはウンザリ溜め息。
確かにその人は帯刀さんのタイプど真ん中。
最初の頃はいちいち真に受け凹んでいたんだけれど、こうも頻繁にいろんな人が来るともう笑えて呆れるしかなかった。
それに帯刀さんの心は私だけにあるから、自身を持って信じていられる。


− 帯刀の女グセの悪さにも困ったものですね。
「アハハ・・・帯刀さんはいないし関わるとめんどいから裏口から入るか」


シュウちゃんも呆れきり図星を吐くので、私は苦笑しそう呟き歩く方向を返え裏口を目指す。

いくら帯刀さんが私だけしか見てない自信があっても、やっぱりあんまりいい気はしなくて嫌な思いをしてしまう。
相手はすべて美人で若くてスタイルもいい。
おまけに優雅な家庭で育っている人がほとんどだから、それなりの気品もある。
普通だったらとても私が勝てそうもない帯刀さんに相応しい女性達。
私が帯刀さんの妻だと分かるなりバカ笑いして、帯刀さんの逆鱗に触れ諦め帰ってくれるんだけど。
でも今日は朝にやらないと行けないことがあるからと言って、夜明けと共に薩摩藩邸に出掛けて行った。
昼には一度戻って昼食を一緒に食べることにはなっている。
だから今日は余計にそう言う人とは会いたくない。
しかし


「すみません。あなたこの屋敷に働いている人ですか?」
「は働いている?まぁそんな感じですけど・・・」


運が悪いことに目があってしまい傷つくことを悪気なく問われてしまい、思いっきりふて腐れながらももめたくないから話を合わせる。
可能性が低いけれどそれで穏便にすむのなら、それに越したことはない。


「でしたら小松様に会わせて下さい」
「あいにく帯だ旦那様は外出中なんです。あなたはどちら様ですか?」
「なら待たせて下さい。私小松様に直接お会いして話を聞かないと納得できないんです。幼き頃から小松様の妻になるべく教育を受けて来たのに、ある日父上から小松様は妻をめとったからもういいと言われてしまったのです」


私の正体を隠すため梅さん達のように旦那様と呼び諦めさせようとするんだけれど、女性は涙を堪えながら私の目を見つめ強く事情を語り諦めてくれない。
いつもとは違う新たなパターンで親の勝手に振り回された健気な子で、なのにこの人自身それを心の底から望んでいるのが分かり同情してしまう。
だからこうしてはるばる一人で薩摩からやって来た。
でもだからと言って私が身を引くなんて絶対に出来ない。
どんな複雑な事情があって慕っているとしも、帯刀さんのことを一番愛して慕っているのは私。
これだけは負けないんだから。






結局女性を客間へと通し梅さんに後は任せることにして、私は昼食の支度に取りかかりオムライス作りに奮闘する。

昼食は夕凪の好物が食べたい。

昨夜帯刀さんから注文されてしまい、ここでも出来そうな手軽なオムライスにして見た。
帯刀さんは気に入ってくれるだろうか?


「あの〜凪さん・・」


梅さんの声がなつかしい呼び名で申し訳なさそうに呼ばれ振り向けば、そこには笑顔がひきつりまくっている梅さんにあの女性がいる。
私も顔がひきつる 。


「なんでしょうか?」
「私に是非小松様の昼食を作らせて下さい」
「え、それは・・・駄目です・・・私の仕事だから・・・」
「あなたは、ただの女房でしょう?私は小松様の妻候補口答えはしないで 」
「え、あ・・・だけど」


いきなりとんでもないことを言い出し拒否ると、女性はさっきまでの控え目な態度を変え強気になり勝手場に入ってくる。
怖くてますます本当のことが言えなくなる私。
きっと言っても信じてくれず、今まで通り貶されて惨めな思いをするだけ。


「あなたいくらなんでも図々しいくないでしょうか?だいたい旦那様は奥様と相思相愛。あなたの入る隙などないのです」
「ならその人に会わせて下さい。勝負してどちらが家老の妻に相応しいか、この家に住んでいる全員に決めてもらいます」


私の代わりに梅さんが強い口調できっぱり言ってくれたのに、女性は強気なまま無茶苦茶な勝負を提案し挑もうとする。
それはあまりにも自分勝手で帯刀さんの意思を無視した言い方で、聞いた瞬間頭に血が上りとにかくムカついた。

家老の妻に相応しいって何?
しかも帯刀さん本人じゃなくって、周りに決めさせる?


「あなたは帯刀さんの妻じゃなくって、家老の妻になりたい訳?帯刀さんがもし農民やえたひにんなら、あなたは結婚しないの?」
「あなた何言ってるの?そんなことあるはずないでしょ?」
「お奥様、えたひにんはいくらなんでも例え過ぎですよ」
「え・・・あ・・・、そうだよね」


勢いまかせに自分でも言葉の意味を理解しないで爆弾発言を言い捨てれば、女の人より梅さんの方を驚かせたようで普段の呼び名で押さえられる。
押さえられ我に戻った私は、梅さんの言う通りだと自覚した。
確かにえたひにんはないかもしれない。


「梅。夕凪は馬鹿なんだから仕方がないよ。それで夕凪はもし私が農民やえたひにんだったらどうなの?」
「帯刀さん・・・。私は帯刀さん自身を愛していますから、身分なんて関係ありません」

いつの間に帰ってきたのか帯刀さんが私の失態を呆れつつも真相を問い、私は強く言いたかったことを断言する。

私は武士や家老と結婚したんじゃなく、私を分かってくれる小松帯刀と結婚したのだ。


「ありがとう夕凪。隆子くん大変すまないけどそう言うことだから。もともとこの縁談は君の父が勝手にまとめたこと。まったく君のおじは強引だから困ったよ」
「いや面目ないです。凪本当にすまないな」
「え西郷さん?」
「・・・隆盛兄さん」


この答えには満足したようでニッコリ笑顔になるけれど、理由を話すにつれウンザリ顔で深い溜め息をつく 。

今回はいつもとやっぱり違う。
しかも帯刀さんの後ろから苦笑し謝りまくる西郷さんが現れる。
二人の話からしてこの女性は西郷さんは従妹のらしい。


「お隆帰るぞ!叔父上が心配してる」
「しかし私はみとめられません。武士の妻は愛だけではやっていけません。家格を守るのも重要な役目。失礼ですがあなたのような生はんな覚悟は通用しませんよ。私に正妻の座を譲ってくれるだけで構いません」
「そんなのイヤだよ・・・」
「お隆いい加減にしろ。御家老と凪は薩摩藩でも評判のおしどり夫婦なんだそ」
「私は妻に武士の妻を望んではいないよ。ただ私の傍でいつも幸せそうにしていて、どんな時でも私を癒してくれるだけでいい。それは夕凪にしか出来ないことだからね」
「・・・・・・」


とどめと言わんばかりに帯刀さんは私を肩を抱き寄せそう言いうと、ようやく隆子さんは黙り涙を堪え勢いよく勝手場から飛び出した。
その姿はさんざん強気でムカつくことを言ってたはずなのに、おとなしい子がなにも言えず失恋して身をひくようにも見える。
私と言えばちょっと恥ずかしいけれど、嬉しくて幸せを感じた。
すべてを水に流してもいい。


「おい、お隆。御家老、失礼します。もうお隆も目にしみて分かったと思いますから許してやって下さい」
「そうだね。夕凪もそれでいいね」
「はい、もちろんです」
「ありがとうございました」


と西郷さんは頭を深く下げ、隆子さんを追いかけていく。


「夕凪、愛してる」
「え、ここで?・・・ツ」


ホッとしたのも束の間でオムライス作りを再開しようとしたのに帯刀さんはそう言って、私を壁に押し寄せ至るところを念入りにキスと甘がみ。
こう言う時はいつもそうで、私にありったけの愛を注いでくれている。
帯刀さんの熱が伝わってきて、私のいろんな所が麻痺していく。

こんな淫らな所他人に見られたら死ぬほど恥ずかしいのに、何私達は公衆の場でやってるんだろう?
だけどやめられない。


「だ誰かに見られたらどうするんですか?」
「梅が手を回してるから、しばらくは誰も来ない。それよりも今は傷付いた愛しき妻の心を癒すのが先決。次はどこに欲しい?」
「傷なら帯刀さんの最後の言葉で癒ました。でもいい加減に口づけが欲しい」


言われて梅さんがいつの間にか居なくなっていることに気づき、やたらに安心してしまった私は本能ままさっきからわざとしてくれないキスを請求する


「そう?分かった。なら目を閉じなさい・・・」
「はい」


「旦那様、また妻候補だと言う女性が三人も来ましたよ。そろそろいい加減にして下さい」


『え?』


あともう少しで重なり合おうとした瞬間、うんざりした梅さんの声が聞こえるのだった。

どうやらまだまだこの事件は続きそうです。





次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ